「ゼイ」を初期値に

 英語の代名詞、ゼイ(they)のことです。
 ヒー(he)やシー(she)の代わりに、ゼイ(they)を使おうという話です。
 性別が明らかでない人に対し、はじめからゼイ(they)ということにしよう、そうすればまちがいはないから、というのですね。

 なんとも奇妙な主張だけれど、アメリカではそんなことがおおまじめに提唱されるようになりました。文化革命の最先端を行くイエール大学の、イアン・エアーズ教授がワシントン・ポスト紙に寄稿しています(Until I’m told otherwise, I prefer to call you ‘they.’ Opinion by Ian Ayres, September 15, 2021, The Washington Post)。

 アメリカ社会には、そして日本社会にも、性別のはっきりしない人が増えています。生物学的な性はもちろん、社会的、文化的な性など、ジェンダーのあり方は多様化する一方です。もともと明確な境界がないところに、古い家父長的な支配者が「男か、女か」の二元論を強制したことがそもそも無理だったんですね。
 と、いまさらなげいてもはじまらないけれど、文化革命を進める人たちはジェンダーの多様性に合わせて、言語もまた変えるべきだというのです。

 男なら彼、ヒー(he)といっていればよかった。でもその人が男か女か、はたまたLGBTQ+のどれかわからないとき、とりあえずゼイ(they)と呼ぼう、ということです。

「今学期から、私はすべての学生を最初に呼ぶときは、ゼイ(they)と呼ぶことにした」
 エアーズ教授は、学生のジェンダーをあらかじめ推測しないといいます。わからないことを前提とするので、ゼイ(they)が初期値になる。
「そうすれば、その人の外見や着ているもの、行動などから誤った判断をしなくてすむ」
 私たちは女性を呼ぶとき、ミス(Miss)やミセス(Mrs.)ではなく、どちらも含めたミズ(Ms.)というようになった、それとおなじだといいます。
「本人が、ヒー(he)かシー(she)か、自分の代名詞を決めてくれたら、それを使えばいい」

 ゼイ(they)を自分の代名詞にする使い方は、ノンバイナリーと呼ばれる人びとのあいだで見られるようになりました。でもそれを名門大学の法学部教授が提唱したとなると、ひょっとしてこれはメインストリームになるかも、という気がしないでもない。
 でもなあ。あんまりそういうことを進めると、アメリカ社会はさらに分断が進んでしまう。ひとごとですが。

 夫婦別姓に反対するような人たちにとって、ゼイ(they)なんて、ジンマシンが出るような議論でしょうね。
(2021年9月20日)