アメリカで、乳がんの治療法が変わっています。
かつて乳がんは、がんの部位を切除したあと、ほとんどの患者が化学療法(抗がん剤による治療)を受けました。それが最近、化学療法を受けない患者が増えているのです。
ニューヨーク・タイムズはこの十数年、乳がんなどのがん治療に新しい潮流が起きていると伝えました(Cancer Without Chemotherapy: ‘A Totally Different World. ’ By Gina Kolata, Sept. 27, 2021, The New York Times)。

変化をうながしたのは、化学療法に代わるがん治療薬の登場です。
分子標的薬などと呼ばれるがん治療薬、たとえばハーセプチンなどが、特定のタイプの乳がんに効果があることがわかってきました。患者のがん細胞を調べ、分子標的薬が効くタイプであれば使う、効かない場合は別の療法を考える、そうしたアプローチの広がりが、むかしながらの化学療法をぐっと減らしています。
30年前、NCI(国立がん研究所)が出した乳がん治療のガイドラインは、患者の95%に化学療法を勧めていました。それが15年前から変わり、患者の30%に化学療法とともにハーセプチンなどが使われるようになりました。
がんの再発が半減し、死亡率も大幅に下がったといいます。

その過程で、興味深い事実が浮かびました。
ハーセプチンのようながん治療薬と化学療法を併用するようになってから、よく調べると、どんなタイプの化学療法を併用しても結果は変わらないことがわかったのです。
化学療法はなくてもいいのではないか。
そう考えるようになった、MDアンダーソン・がんセンターのガブリエル・ホートバジー博士ら専門医は、化学療法なし、がん治療薬だけでの治療を進めるようになりました。
2013年から2015年にかけ、NCIが3千人の乳がん患者について調べたところ、早期乳がんの化学療法は26%から14%に下がっています。
ジョージタウン大学の研究でも、一定のタイプの乳がんについて、2012年には25%が化学療法を受けていたのが、2019年には19%にまで下がりました。
化学療法が少なくなったにもかかわらず、患者の生存率は向上しています。

むかしながらの抗がん剤、化学療法は衰退の一途をたどっているかのようです。
分子標的薬のような新世代のがん治療薬が、がんの臨床を変えている。とするなら、そもそも化学療法というのはいったい何だったのか、ぼくはここでまた考えてしまいます。
(2021年9月29日)