カトリックと安楽死

 最期をどう迎えるかは、ぼくが関心を深めているテーマです。
 このニュースについても、考えました。
 51歳の、ALSという難病を抱えた女性が、10日の日曜日に安楽死することにしたのです。南米のコロンビアという、日本から見れば地球のほとんど反対側の国ですが、「ALSと医療が介入した死」は、どこでも厳しい論争の的になっています(She’s 51, a mother and a devout Catholic. She plans to die by euthanasia on Sunday. Oct. 7, 2021, The Washington Post)。

 安楽死を決断したのはマーサ・セパルヴェダさん。3年前、全身の筋肉が弱って動けなくなる難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されました。治療法のない進行性の病気で、10万人に1~2人がなリ、発症後2年から10年でに死亡するケースがが多いとされます。
 診断を受けたセパルヴェダさんは、最期をどう迎えるか考えました。そしてコロンビアにはラテン・アメリカで唯一、安楽死を認める法律があることを知ります。重病で治療法がない場合など、いくつかの厳しい条件がありますが、セパルヴェダさんはこの法律に従い、安楽死による最期を迎えると決めました。

 教会指導者は、セパルヴェダさんの再考をうながしている。
 しかし本人の決意は固い。
「神は命の保持者です。けれど神は、私の苦難を求めてはいない」

 安楽死は、医師が何らかの方法で末期の患者を死に至らせます。つまり最終的に手を下すのは医師です。これを法律で認めているのは、コロンビアとベルギー、オランダしかありません。
 一方、安楽死とはややちがう、「医師の幇助による自殺」という方法があります。これは末期患者に医師が致死量の薬剤などを処方します。最終的に手を下すのは患者本人という形で、アメリカの10州で認められています。

コロンビアの首都ボゴタ

 キリスト教は自殺を認めていないので、国民のほとんどがカトリックのコロンビアで安楽死が法制化されているのは不思議です。けれどある世論調査によれば国民の73%はこの法律を支持している。またウルグアイ、チリ、ペルーでも安楽死を認める運動が広がっているようです。

 日本ではこうした動きは見られない。逆にこの5月、ALSの患者を安楽死させた医師2名が嘱託殺人罪で起訴されています。安楽死なんてとんでもない、のですね。
 これは何なのか。
 ぼくはそこに、「いのち」を考える習慣が根づいているかどうかのちがいがあるように思えてなりません。それが宗教という経路をたどるにしても、コロンビアの人びとは人間の生と死を、ぼくらより身近に考える機会が多いのではいないか、そう思うのですがどうでしょうか。
(2021年10月9日)