何だか気になる。
何だろう。けさ食パンをかじりなが、ハッと思いつきました。
どうしてぼくらは犬を飼うけど、キツネを飼えないのか。その線引きはどこかで排除につながっているのではないか。
とまあ、脈絡のないことをいいますが、それはBBCのニュースを見たからです。
ペルーのリマに住むソテロスさんという一家が子犬を買った。その犬は大きくなるにつれ、近所の家のモルモットやニワトリを襲って食べるようになった。とんでもないとたくさんの苦情が来て、あらためて調べたら犬ではなくキツネだった、という話です(A family in Peru who thought they had bought a dog soon realised they had an Andean fox on their hands after it attacked other animals in their area. November 9, 2021, BBC)。

もともとは密猟者がペット業者に売ったものでしょう。ペトロスさんは子ギツネをハスキー犬だと思って13ドルで買った。ランランという名前をつけて育てたけれど、やがてランランは隣近所の小動物を襲い食べるようになった。住民が怒り、当局に捕獲されてしまったという次第です。
ランランは、アンデス狐、正確にはクルペオギツネという種でした。生物学的にはキツネよりもオオカミやジャッカルに近い。だからペトロスさんも犬だとばかり思ったのでしょう。

それはともかく、ぼくは思いました。
隣近所に迷惑をかけるからって、排除してしまっていいんだろうか。
もちろん野生動物を飼ってはいけないという法律があるから、それは守らなければならない。でもランランは地域にいてはいけない存在だったのだろうか。野生のネズミを食べるなら農家は歓迎するかもしれない。少なくとも人間を襲うことはなかった。
犬はよくて、キツネはどうしていけないのだろう。
犬は人間のいうことを聞くから。キツネはニワトリを食べてしまうから。
いうことを聞く動物はいいけれど、そうでない動物はダメってことでしょうか。思いどおりにならなければ「排除」になってしまうのでしょうか。

食パンをかじりながら、とりとめもなく考えました。
そこまで考えるのは大げさかもしれません。でもぼくはランランの話で、ぼくらのなかにある「異質なものを排除する」傾向は想像以上に根が深いと思ったのです。
(2021年11月11日)