コロラド、乱射のあとに

 こころに残る、いい話です。
 悲惨な事件の直後だけに。

 アメリカのコロラド州で1週間前の月曜日、スーパーに押し入った男が銃を乱射して10人が死亡しました。アメリカでときどき起こる殺伐とした事件のひとつです。
 この事件の起きた「キング・スーパー」の近くに住むジョディ・ウィトマーさんは、息子のJJくんと何が起きたかを話しました。
「近所だし、息子はいずれ知ることになるから、あたしから話したんです」
 無差別の乱射事件で10人もの人が死んだ。スーパーの客が7人、店員が3人。

「何かしなくちゃいけないよ」
 しばらくしてJJくんはいいました。こんなことがあったらスーパーの店員はとてもこわいしつらいだろう、だから何かしてあげたい。その気持を表すためにスーパーの店員一人ひとりに花をあげたい。
 いいよ、お母さん手伝うよ。
 さっそく翌日、親子で出かけました。

「キング・スーパー」ロゴ

 キング・スーパーはコロラド州に多数の支店を持つ大きなスーパー・チェーンです。そのなかの自宅近くの2店を訪れ、JJくんはたくさんの花を買いました。もちろん代金は犬の散歩のアルバイトで稼いだ自分のお金です。売り場のおばさんはよろこんで値引きしてくれました。
 花束を持って、JJくんはスーパーのなかを何度もまわりました。45分かけ、店員一人ひとりにことばをかけ、花を一本ずつ手渡しました。
「きょうここにいてくれて、ありがとうございます」
 相手の目を見て、それだけいいそえる。きのう、あんなひどいことが起きて、きょう出てくるのはたいへんだったでしょう、でも来てくれてありがとう、という気持ちをこめて。

 目を輝かす店員がいました。ことばに詰まった店員がいました。泣き出す人もいました。感極まって抱きつく人もいました。
 レジのおばさんに渡すと、それを見ていた買い物客までが泣きだしたといいます。

 抑えていた感情がせきを切ったかのように。みんな、それほどまでに心細かったのです。
 全国に、いや世界に伝わる凄惨な乱射事件で10人のいのちが奪われた。
 衝撃で感情が麻痺していました。その翌日、11歳の少年が現れて1本の花を差しだしてくれた。
 大丈夫ですよ、と。
 多くのことばはいらない。そのようにして人はつながることができます。

 乱射事件がくり返されるアメリカは狂っていると思います。でもJJくんに、ぼくは希望を見いだします。
 ワシントン・ポスト紙の記事でした(After the shooting, a boy gave flowers to workers at King Soopers stores near the attack. March 25, 2021, The Washington Post)。
(2021年3月29日)