ディープ・ステート

 アメリカでは、トランプ支持者の多くが陰謀論を信じています。
 彼らは、アメリカは「ディープ・ステート」、隠れた国に支配されているといいます。民主党の社会主義者、エリートがひそかに築いた悪の帝国。メディアはその手先、ヒラリー・クリントンは小児誘拐組織の親玉だなんていう主張もあります。
 荒唐無稽。でも、白人保守層を中心に、有権者の3人に1人が信じているか、そういう考えに親近感を持っている。それが議会襲撃の背景となった。

 とはいえ、陰謀論だけで人はあれほど熱を持つものだろうか。
 根底には、キリスト教原理主義があるのではないか。
 そう考えたのは、宗教問題を追いつづけるジャーナリスト、キャスリン・スチュアートさんの示唆に富むエッセイを読んだからです(The Roots of Josh Hawley’s Rage. By Katherine Stewart, Jan. 11, 2021, The New York Times)。

 彼女は、ミズーリ州の宗教過激派、ジョシュ・ホーリー上院議員に焦点を当てています。

 ホーリー議員は1月6日、上院でバイデン氏の大統領選出に反対しました。あの選挙は不正だった、勝ったのはトランプ氏だったと。
 誰が何をいっても、司法がどんな判断を下しても、彼にはそのぜんぶがウソでしかない。自分は神の意志を体現し、バイデン氏に象徴される絶対悪と戦っていると考えているようです。

 彼の考え方は、紀元4世紀の宗教論争にまでさかのぼるとジャーナリストのスチュアートさんはいいます。この論争で、宗教者ペラギウスは人間には「自由意志がある」と主張し、そんなものはない、すべては神の意志だという伝統的な教義と対立しました。いまのアメリカはペラギウスに端を発する自由意志を国の礎にしているともいえますが、ホーリー上院議員はそんな国は神の意志を否定する悪の世界であり、すべての力をふるってこの悪と戦わなければならないと考えているようです。
 おお、なるほど。ぼくは感心しました。だからあれほどの熱気が生じるんだ。
 自分たちは、神の側に立って戦っていると信じている人びと。
 どんな理屈にも説得にも屈することのない世界観。そういう世界観は妄想と区別がつかない。

 トランプ大統領の側近はほとんどが、多かれ少なかれ陰謀論や宗教原理主義に染まっていたといえるでしょう。その広がりを見ると、キリスト教原理主義こそが政権の深部にディープ・ステートをつくっていたのではないかという気がします。

 ジャーナリストのスチュアートさんはいいます。
「まちがえないように。ホーリー議員は症状であり原因ではない。トランプを押しあげたのとおなじ力が彼を押しあげた。その力に対抗する道を見いださないかぎり、ホーリー議員は次々と現れるだろう」
(2021年1月18日)