トロルの国

 ウクライナって、何がどうなってるのか。
 よくわからないと思っていたら数日前にひとつの記事を読んで、わかったような気になりました。
 そうか、争点はウクライナの「フィンランド化」にあるのかと(Finns Don’t Wish ‘Finlandization’ on Ukraine (or Anyone). Feb. 9, 2022, The New York Times)。

 フィンランド化。
 もしもウクライナがかつてのフィンランドのようになり、米欧の軍事同盟NATOに加盟せず、ロシアのいうことを聞く国になれば、戦争にはならないという意味です。
 先週フランスのマクロン大統領がロシアを訪問したのは、「どうですプーチンさん、フィンランド化で手を打ちませんか」という話だったという憶測もある。

フィンランドの首都ヘルシンキ

 しかし、それでわかった気になったらいけませんと戒めたのがタイムズ紙の記事でした。
 フィンランドはフィンランドで、隣接する超大国の旧ソ連、いまはロシアと渡りあうたいへんな苦難をへてきたのです。

 記事のなかに、いまもフィンランドの首都ヘルシンキの大聖堂の前に立っている、ロシア皇帝アレクサンドル2世の銅像の写真がありました。
 どうしてそんな銅像があるのか調べて、だんだんにわかりました。

大聖堂前のロシア皇帝像(iStock)

 フィンランドには波乱の歴史があります。中世以降、デンマークやスウェーデンに征服され、18世紀以降はロシアの領土となり、1917年に独立したけれど、それはロシアの「干渉」を容認しながらの巧妙な綱渡りだった。第二次大戦でロシアと戦い、東欧とはちがう形での独立を果たしたが・・・

 ヘルシンキの真ん中にあるロシア皇帝の銅像は、いまフィンランドに住むフィン人とサーミ人が、どうやってロシアと対峙し千年にわたる民族存亡の危機を生き延びてきたか、その一端を物語っています。

 アレクサンドル2世は、侵略者のなかで唯一、フィンランドの自治と自由を容認した皇帝だったといわれます。でも侵略者には変わりないから、そんな像は破壊してしまえというのが独立国の心情でしょう。それを、そこまでしてロシアのきげんを損ねることもないとフィンランドの人びとは考えたのでしょう。きっとそのへんの機微をわかって共有できる人びとなのです。
 彼らは、ウクライナには自分たちとまたちがうやり方があるだろうと思っている。
 フィンランド化は過去のことばだと思っている。

 ヘルシンキの皇帝像の背後には聖ニコラス大聖堂があって、キリスト教精神が宿る場所です。そこに、じつは無数のトロルが住んでいるんじゃないかとぼくは見ています。
(2022年2月12日)