モン族の金メダル

 女子体操競技で、金メダル確実といわれたシモーン・バイルズ選手が直前になって出場をやめた件は、さまざまな形で話題になりました。
 そのバイルズ選手が抜けたあとで、体操の女子個人総合で金メダルをとったのは、おなじアメリカ・チームのスニサ・リー選手でした。

スニサ・リー選手
(本人のツイッターから)

 バイルズ選手の影でほとんど話題にならなかったけれど、リー選手は東南アジアの山岳民族、モン族の出身です。モン族ではじめてのオリンピック選手、はじめての金メダリストでした。
 ミャンマーのカレン族やロヒンギャ族は聞いたことがあるけれど、モン族なんて聞いたことがない。と思っていたら、リー選手についての興味深い投稿がワシントン・ポスト紙にありました(Sunisa Lee didn’t owe the U.S. gold. Her victory is a gift, especially to her Hmong community. July 29, 2021, The Washington Post)。

モン族が暮らす地域(ベトナム, Pixabay)

 それによれば、そもそもモン族はアメリカとベトナム戦争でつながっています。
 1960年代から70年代にかけてのベトナム戦争で、アメリカのCIAはベトナムやラオスの山岳地帯にいるモン族に秘密工作を行いました。ベトナムを背後から攻撃するようにと。この働きかけに応じた「モン族軍」がCIAの支援で「秘密の戦争」を戦ったけれど、20万人もの犠牲者を出したといいます。

 戦争が終わり、10万人のモン族がアメリカに逃れました。
 彼らの多くは北部のミネソタ州に住みつき、そこにいまでも6万6千人の「モン・コミュニティ」があるといいます。そのコミュニティで、スニサ・リー選手は生まれました。

 少数民族が迫害されてアメリカに移住し、その子孫がオリンピックの金メダルに輝く。
 アメリカン・ドリームのひとつの典型のように思えます。
 けれどリー選手とおなじ立場の“モン二世”のライターが、ポスト紙に寄せた意見はきれいごとを吹き飛ばす論調でした。
「スニサ・リーはアメリカに借りはない。金メダルはアメリカへの、そして何よりモン・コミュニティへの贈り物なのだ」
 アメリカのおかげで金メダルを「取らせてもらった」のではない、そんなふうに思わないでほしいというのです。

 少数民族といわれる人びとの、苦難の歴史がのぞきます。
(2021年8月1日)