べてるの家の佐々木実さんが亡くなりました。
9月11日に葬儀が行われました。
ほんとうに大事な人をなくして、なんだか世の中にぽっかりと空洞が開いたようです。
佐々木さんは北海道浦河町の精神障害者グループ、べてるの家の草創期からのメンバーでした。
20代で統合失調症となり精神科病棟に入院したとき、そこで人生は終わったと思ったそうです。病院を退院し、仲間とともにはじめた共同生活がいまのべてるの家になりました。

佐々木さんは病気を隠さず、病気とともに生きることで、ぼくらの前に現れました。
病気があってもいい。病気があるのが自分だ。自分は、そういう自分の人生を生きる。
そう思い定めたとき、佐々木さんとその仲間は精神障害の当事者になりました。そして多くの精神障害者の人間としての誇りを呼び覚ましました。
「夢のようです」
1990年代、佐々木さんは何度もいいました。
自分たちの病気や苦労を語ることばに、多くの人が耳を傾ける。終わったはずの人生が、まったくちがった形ではじまっている。それが夢のようだというのです。
その一方で、そういう自分たちがスポットライトを浴び、世間の注目のまととなることにたじろぎを覚えているかのようでした。
「ぼくら、立派になったらいけないですよね」
そんなことばがもれたときもあります。

実直な人でした。
気のきいたことがいえるわけでも、器用な生き方ができる人でもなかった。
だからこそ、多くの仲間に信頼されました。

ここ数年は、がんとともに生きる苦労も重なっています。
おととしの年末、ぼくは佐々木さんにインタビューをしました。ビデオカメラの画面をのぞきながら、なんていい顔をしているんだろう、この人は、と、ほれぼれしたことを覚えています。これまでの人生が、その顔に現れていると思いました。
きょうも一日、生きられたんだなあと思う、といっていました。
一日一日をたいせつに生きている、ともいっていました。
キリスト者として「負える重荷」を下ろしたのは、9月10日午前5時22分のことです。
79歳でした。
(2021年9月11日)