またフェイク・ニュースがアメリカの政界を騒がせています。
バイデン政権が麻薬を広めようとしている。とんでもないことだ、許すなと。
コカインを吸う器具の隠語「クラック・パイプ」ということばが、2月はじめから保守派ソーシャルメディアに広がり、政権批判をあおっています。何という的外れな議論かと、薬物対策を進める民間組織DPA(Drug Policy Alliance)の専門家、シーラ・ヴァカリアさんが投稿しました(Opinion: The ‘crack pipe’ outcry was a huge missed opportunity. By Sheila Vakharia. February 17, 2022, The Washington Post)。

批判のもとは、バイデン大統領の画期的な麻薬対策、ハームリダクションです。
コカインなどの薬物依存に禁止と処罰で対するのではなく、まず本人のいのちを守り、安全と社会的なつながりをとりもどそうとする政策です。「まずやめさせる」のではなく、薬物を「安全に摂取させる」、その一環として「コカインの安全な吸引」を助ける器具があるとヴァカリアさんはいいます。
「コカインを吸うパイプの代わりに、電球を割ったりアルミ缶を切って使う人もいる。危険きわまりない。だからちゃんとしたパイプや、使い捨ての吸入口を配ったりするんです」

それが保守系メディアで「税金によるクラック・パイプの配布」とされ、これに飛びついた共和党の政治家たちが怒りの声をあげました。マルコ・ルビオ上院議員は「バイデンは“人種平等”で無料の覚せい剤やクラック・パイプを少数派コミュニティに送りこんでいる。狂気の沙汰だ」とツイート。多くの同僚が「クラック・パイプ」というハッシュタグのもとで騒ぎはじめました。
歪曲だ、とヴァカリアさんはいいます。
「バイデン政権の薬物対策は多くのいのちを助け、公衆衛生に貢献する大胆な措置として称賛されるべきだ。それなのに恐れと誹謗が議論をねじまげている」

コカインをはじめとする薬物、ことにコカインの数十倍も強力なフェンタニルという合成麻薬の登場で、アメリカでは薬物の過剰摂取による死亡者が20年で100万人を越しました。どんなに取り締まっても刑務所に送っても、薬物依存者は増えるばかり。絶望と混乱の果てにハームリダクション政策は導入されたのです。
それに反対する人びとが、いま「クラック・パイプ」ということばのもとに結集している。
彼ら保守派は強大な力をもつだけに、薬物依存者への支援はさらに遅れ、無数の犠牲者が増えるでしょう。
薬物に、依存に、力で対抗することはできない。それを理解しようとしなという点では、アメリカの保守派も中国も、ひいては日本もおなじようなものという気がします。
(2022年2月22日)