「診療所をつぶすな。もうける必要はないけれど」
浦河ひがし町診療所の全体会議が、久しぶりに開かれました。
先生からひとこと、と促されて川村敏明先生が話したいくつかのなかで、ぼくはこのことばが記憶に残りました。

もしもコロナで2週間休診したら、診療所はつぶれちゃうと冗談まじりにいわれたのは2月のことでした。つぶれることはなくても、たいへんな打撃にはなるでしょう。最近もデイケアが2週間休みになり、経営的には落ちこみがあったと聞きます。
でも、診療所をつぶしてはいけない。
じつはこれが、17日の全体会議の基盤でした。
逆にいえば、それ以外に全体会議をしばるものは何もない。
そこで話しあわれたのは、やはりいつものように、変わることなく、「自分は何をすればいいのか」だったと思います。
診療所のいちばん大事な部分。

人にいわれてするのではない。どうすればいいかわからないときがあり、何もできないときもあるけれど、自分で考え、動き、自分が納得できる働き方をする。したいことをしてみる、なんでもあり。診療所をつぶさないかぎり。
具体的にそういう発言があったわけではないけれど、ぼくは全体会議の底流にそんな気分を読みとりました。その気分が消えないかぎり、診療所は大丈夫と思いました。

ビジネスの専門家が見たら、この日の全体会議は評価が低かったでしょう。グループに分かれての話しあいがあり、デイケアの新規メンバーの獲得やプログラムの見直し、訪問看護やアウトリーチの調整などが話しあわれましたが、鋭い分析や目をみはる提言、アイデアがあったわけではなく、いつもの話のくり返しのようでしたから。
でも、だんだんと見えてきたことがあります。
この会議は手段ではなく、目的なのではないか。
こうしてみんなで集まり、ああでもない、こうでもないと話しあう。ビジネスという基準から見たら結論がなくても、成果がなくても、話しあったことじたいがすでになにごとかになっている。まるでデイケア・メンバーのミーティングのように。
それを支えているのが、「診療所をつぶすな」でしょう。
つぶさないかぎり、何をしてもいい。そういうメッセージが意識されることなく浸透している、そんなことを思いました。
(2020年12月18日)