日本を代表する頭脳、碩学。
これまで歴史学者の加藤陽子さんの本を読んで、そう思っていました。膨大な史料を背景に、近現代史を新しい光のもとに照らし出す、その知力はぼくなんかから見たら異星人のレベルです。
近著「この国のかたちを見つめ直す」(毎日新聞出版)でも、その印象は変わりません。でもこのなかで加藤さんは、意外な人間味を見せていました。

この本は、2010年ごろから毎日新聞に連載したエッセーやコラムなどをまとめたものです。「国家と国民」、「天皇制」、「戦争の記憶」など、多岐にわたるテーマの一つひとつは、新聞の連載なので短いけれど密度が濃い。スラスラ読んでいるつもりですぐ頭がいっぱいになり、小休止をたくさん取りながら読みました。

本書を批評する力は、ぼくにはない。それは専門家に任せておきましょう。印象に残ったところをひとつ記しておきます。
「時代の風」という2010年のコラムで、加藤さんは学生たちをとおして世の中の変化に気づくときがあるといっています。講義中の一場面を、こんなふうに描いていました。
・・・ここ数年の私の講義で学生が最もよく笑ったのは、「私には友達がいませんから」と言った瞬間だった。憫笑だったのかもしれない。だが、彼らの顔には、友達がいないと公言する大人を初めて見た喜びがあった・・・
そういう学生たちに、加藤さんは「一人でも大丈夫、でも一人じゃない」ということばを贈りたいといいます。
・・・若い感性が孤独や孤立を極度に恐れる時代に、孤立を恐れるなと説教しても誰も聞かないだろう。ならば、せめて、「一人でも大丈夫、でも一人じゃない」状態とは何なのかを、世界や社会や世の中に探しに行けるよう背中を押したい・・・

この人っていい人なんだな、頭がいいだけじゃなく。
それとともにぼくは思い出しました。北海道の浦河ひがし町診療所の精神科医、川村敏明先生も、まったくおなじこといってたなと。
「ぼくには、友だちなんていないよ」
でも、並みはずれてハッピーな人生。
分野はちがうけど、この二人にはどこか共通した感覚があるんでしょう。そのつながりが、新しい発見でした。
(2021年11月3日)