2017年に出た桐野夏生さんの小説『夜の谷を行く』(文春文庫)を、先週たまたま読みました。
本のテーマは、1971年から2年にかけての連合赤軍事件、なかでも「総括」という名のもとに12名の活動家が仲間によって殺された陰惨な事件です。
そんなむかしの暗い話、どうでもいいでしょと思われてしまう。それはそうなんだけれど。
桐野さんはこの話を読みごたえのあるミステリーに書きあげている。さすが力量ある作家。でもぼくがここで言及したいのは本編ではなく、この本の巻末にある解説です。

弁護士の大谷恭子さんが書いた「彼女と私たちが生きた時代」という解説。読んで考えこみました。
“彼女”というのは連合赤軍事件の中心人物、永田洋子をさします。
永田洋子は1982年、東京地裁で死刑判決を受け、2011年、獄中で病死している。
死刑は避けられなかったけれど、「問題はその理由である」と大谷さんはいいます。
判決理由は、永田洋子の犯行は「女性特有の執拗さ、底意地の悪さ、冷酷な加虐趣味が加わり」行われたと断定し、死刑を宣告しました。
女性特有の。
東京地裁の判決という国家意志の表明で、「女ってこんなもんだ」とむき出しの差別感情が表明されている。
そこから、大谷弁護士らの活動がはじまりました。あの事件をこんな判決文でまとめられてはたまらない。永田洋子というよりはむしろ真実を、歴史を弁護するために。

だから控訴審では、たとえば情状証人として、大逆事件についての著作がある瀬戸内寂聴さんにも証言してもらった。それで死刑が覆ることはなかったけれど、何が起きたか、なぜ起きたかは、いくらかましな言説にまとまったかもしれない。
40年前の日本の支配者たちは、「話が長い」じゃなくて、もっとずっとあからさまに女性を否定していたんですね。
「女性特有の」は、研究者のあいだではよく知られた話のようです。でもこうして小説やその解説が出ると、この社会では何が起きているのか、ぼくのような凡人にも少しは伝わってくる。
あらためて見直すと、『夜の谷を行く』は作者も解説者も主な登場人物もすべて女性。古い話に、新しい光があたっています。
(2021年3月19日)