大統領を撤去する

 1枚の写真を、一瞬見ただけで直感できます。これはまずいと。
 ニューヨークのアメリカ自然史博物館前にある、セオドア・ルーズベルト大統領の銅像です。

セオドア・ルーズベルト大統領像
(Credit: slgckgc, CC BY 2.0.)

 第26代大統領として、1901年から1909年まで大統領の地位にあったルーズベルトは、歴代大統領のなかでは評価が高く、ノーベル平和賞も受賞した偉人です。でもこのブロンズ像は、長年激しい議論の的でした。
 本人はいいとして、両側にいる2人の男の描き方が問題なのです。
 向かって右にいるのが黒人、左にいるのが先住民(インディアン)。偉大な白人の大統領が黒人と先住民を従えている。

 歴史的遺物として、適切な説明とともに博物館のなかに陳列してあるなら、なるほどと見過ごすこともできるでしょう。しかしこの銅像は正面入り口の真ん前にあり、黒人や先住民から「人種主義、植民地主義の象徴だ」と批判されてきました。
 こうした批判に応え、自然史博物館は1月19日、この銅像を撤去しました(Theodore Roosevelt statue removed from outside New York’s Museum of Natural History. Jan. 19, 2022, The Washington Post)。

アメリカ自然史博物館(ニューヨーク)
(Credit: Can Pac Swire, CC BY-NC 2.0.)

 1940年にこの像が立てられたころは、こうした描き方が当たり前だったでしょう。しかし21世紀のいま、それもリベラルな気風が強いニューヨークではとても受け入れられないと、撤去への機運が高まっていました。
 それが具体的に動き出したのは、2020年5月のBLM(ブラック・ライブズ・マター)、黒人の生存権を求める運動が燃えあがってからです。博物館はニューヨーク市と協議し、ルーズベルト大統領の子孫の了解もえて撤去に踏みきりました。

 BLMの波を受け、アメリカでは各地で過去の人種主義と結びついた銅像の撤去が進んでいます。ことに奴隷貿易を進めたコロンブスや、奴隷を所有したジョージ・ワシントンの像が対象となってきました。去年はニューヨーク市庁舎にあった第3代大統領、ジェファーソンの記念碑が、彼が奴隷を使っていたからという理由で撤去されました。
 そうした動きの先にあって、多くの人が注目しているのはリンカーン像でしょう。

リンカーン像(ワシントン)

 奴隷解放に努めたリンカーンは、その一方で在職中に先住民の反乱を抑圧し大量処刑を認めたと批判されています。
 さすがのアメリカ社会も、いますぐリンカーン撤去にまではいかないでしょう。とはいえそういう活発な議論があることに、ぼくは羨望を覚えます。
(2022年1月22日)