失われた野性を求めて

 狩猟ってどういうものだろうか。
 シカやイノシシを獲って食べる人は、どんな世界に生きているのだろう。
 しばらく前からこんなことに興味を持つようになりました。
 それは北海道にいると、キツネやシカが身近にいるし狩猟の話もよく聞くからです。

 でもどうもピンときていなかった。野性との出会いというのは、つまるところ自分で鉄砲を射ち、獲物を解体するところまでしないとわからないのだろうと思っていました。
 そんなときに出会ったのがこの本です。

『野生のごちそう 手つかずの食材を探す旅』(ジーナ・レイ・ラ・サーヴァ、亜紀書房)。
 アメリカの人類学者が「手つかずの自然」を求め、世界の果てへの旅をくり返した記録です。野生生物に該博な知識を持ち、21世紀の地球上で「野生」とは何か、その野生とぼくらはどうかかわっているかを、女性の視点から書いています。

ヘラジカ (Pixabay)

 狩猟についていえば、ヘラジカという大型草食獣をスウェーデンの猟師が射止め、解体する場面が鮮やかでした。狩猟の実際はこういうことかと、想像力をかりたてられました。
 でも、より印象に強かったのはそれ以外のテーマです。アオウミガメやコンゴ民主共和国での密猟、それにボルネオの「ツバメの巣」など。

 コンゴの密猟についてみると、こんな一節があります。
「野生動物を殺して食べたのが白人だと、その行為は“狩猟動物の狩り”と呼ばれるが、殺して食べたのが黒人だと“ブッシュミートの密猟”とされる」

コンゴの森林地帯 (iStock)

 ブッシュミートは野生動物の肉のことで、狩猟が禁止されている場合が少なくない。驚いたことにコンゴの市場ではチンパンジー、ボノボ、ゴリラやゾウの肉まで売られている。著者はそうした違法な肉を、コンゴの市場から密輸先のフランスまで丹念に追っています。けれど告発も糾弾もしない。
 コンゴが、またその熱帯林がたどってきた内戦と暴力、苦難の歴史を思えば単純な解決などどこにもないからです。迷路のなかにありながら、そしてまたブッシュミートの流通を担ってきたのがコンゴの女性たちであることを踏まえながら、著者はいいます。

「幾層もの暴力が長く森と結びついてきた。二流市民あつかいされている女性は公平な分け前を受け取っていない・・・彼女たちの運命は森の運命でもある」

 著者が探し求めた「手つかずの自然」は、もうこの地球上のどこにも存在しません。
 野生生物の多くは、これから絶滅への道をたどるでしょう。
 それでもなお希望を見出そうとするなら、それはきっと人間社会が「二流市民を一流市民にする」ことからはじまるのだろうと思います。
(2021年8月11日)