ことしも来ました、幻米。まぼろしの米。
幻聴がつくった米だとか、食べると幻覚が楽しめる米だとか、いろんないわれはあるけれど、育てた人たちのなかにはたしかにさまざまな幻聴がまじっていました。
その幻米、3キロが浦河ひがし町診療所から届いたのです。
さっそくいただきました。

ことし、ぼくは田植えと稲刈りに行くことができました。
診療所のデイケアのメンバーやスタッフは、みんな田んぼで泥だらけでした。コロナのせいでいつものお祭のにぎわいはなかったけれど、広い空の下でたくさんの人がともに過ごす時間がありました。
そういう手作りの米だから、大事に食べます。
炊くのは電気釜ではなく文化釜で。

ふだんの無洗米とちがう精白米。久しぶりに米を研ぐと、研ぎ汁が牛乳みたいに真っ白になります。その下から現れた元気な米粒。ところどころに、精米しきれなかった欠け米の茶色や黒の断片が見えます。これぞ幻米ですね。
診療所の米作りは殺虫剤を使わないので、あちこちカメムシに食われている。食われた米粒は黒くなり、一般の農家だと売り物になりません。でも健康上は問題ないので、診療所ではそのまま精米して配ります。
幻米は幻聴だけじゃなく、カメムシの羽音も染み込んでいる。だから味はいい。

ほんとは診療所でみんなといっしょに食べたいところですが、そうもいかず横浜の自宅で楽しみました。
少しオコゲができるくらいの炊き加減で、紅鮭の塩焼きとともに。
食べると、米作りの日々がよみがえります。

診療所デイケアのメンバーが、田んぼでは見たことのない笑顔を見せていました。田植えで苗を投げてもらい、受け取りに失敗して顔中泥だらけになっていた人、無心に働いていた人、うろうろするだけの人、刈りとった稲を束ねながらのコーラス、笑いころげる人の輪。

春にはヒバリの声が聞こえました。秋には田んぼの横の小川を、産卵するサケがのぼっていました。バシャバシャという水音がまだ聞こえます。
(2021年10月28日)