鈴木恵美子さんが、とても穏やかになりました。
人あたりがやわらかい。いったい何があったんだろう。
そういいながら、浦河ひがし町診療所の人びとは顔を見合せています。
ほんものか一時的なものか、どっちかはわからない。でも、この変化は夏前からのものです。いずれにしても、いまのこの平和をともに楽しもうとみんなが思うようになりました。

統合失調症の鈴木恵美子さんは、浦河に来たのが20年ほどまえで、かつて日赤病院にあった精神科病棟の長期入院患者でした。2017年、ひがし町診療所ができたのを機に退院し、グループホーム「すみれハウス」で暮らしています。
この間ずっと、もっとも対応が困難な患者のひとりでした。精神科のさまざまな症状や「問題行動」のほとんどを、ひととおりどころか数えきれないほどくり返し、周囲を振りまわしてきました。浦河以外の町にいたら、まずまちがいなく精神科病院に入院していたでしょう。
そうした彼女の生き方には、しかし不思議なことに、何か“必死なもの”がいつもありました。あるいは、こちらを必死にさせるなにものかが。

言い方を変えれば、彼女はあまりに問題が多いからといって精神科病棟に閉じ込めてしまったら、診療所スタッフは明らかな敗北感を感じるだろうと思わせるような、そんな存在だったのです。
その鈴木恵美子さんが最近、身ぎれいになりました。会うと目を合わせにっこり笑います。けっして落ち着かずせかせかと歩きまわっていたのが、デイケアの机に向かって編み物をするようにもなりました。そうやってつくったポーチを、「はい、これあげる」と、スタッフや研修に訪れた学生にプレゼントしたりします。もらった学生がよろこぶと、自分もうれしいのでしょう、写真に収まり笑っています。

ときどき、ちょっと声が大きくなったりよくわからないことをいったりもするけれど、穏やかな雰囲気は変わりません。
訪問に行ったスタッフによれば、以前はゴミがあふれた部屋もだいぶきれいになりました。自分でもときどき片付けをしているらしい。先週は地元の映画館「大黒座」で開かれたジャズ・ライブに行って、ちゃんと入場料の千円を自分のお金で払いました。しかもライブのじゃまになるようなこともなく、終わったあとで本人は「楽しかった」とよろこんでいたとか。

(診療所デイケアの音楽の時間)
診療所にかよいはじめて8年目、鈴木恵美子さんの平和はこれまでになく長続きしています。
(2021年9月2日)