ウクライナ戦争がはじまるとともに、プーチン大統領はロシアの核兵器に「特別警戒態勢」を命令しました。
ほとんどの人はたんなる脅しと受けとめたでしょう。でも一抹の不安がある。もしかして、と。
不安は、核兵器がアメリカを攻撃する「戦略核」ではなく、ウクライナやヨーロッパの戦場で使われる「戦術核」かと思えば現実味を増します。ここは専門家の見方に耳を傾けましょう。
専門家といっても、核兵器に直接かかわる人は絶対、何もしゃべりません。政府中枢の人びともおなじです。彼らと接触のある少数の政治家や専門家、ジャーナリストなどに伝わる「感触」のようなものがこの分野の「一次情報」です。日本には絶対にない一次情報、その一端をニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ロス・ドーサットさんが伝えていました(How to Stop a Nuclear War. By Ross Douthat, March 5, 2022, The New York Times)。

彼の論をぼくなりにまとめるなら、つねに肝心なのは、核を持っている相手を「追い詰めすぎない」ことです。
そのためには、戦争の境界がはっきりしていなければならない。どこまでエスカレートするかわからないのではなく、どこかに境界がある戦争。たとえばアメリカはポーランドを守る、けれどウクライナには踏みこまない、というように。
そして重要なのは、「プーチン政権の転覆」を唱えないこと。米上院議員のなかにプーチン暗殺まで呼びかけた人がいるけれど、これは論外。相手が本気で自分たちの体制崩壊をねらっていると思ったら、敵は破れかぶれになる。
さらに念頭に置くべきは、ロシアが旧ソ連よりはるかに弱体化していること。旧ソ連は多少の戦争に負けても全体が揺らぐことはなかった。しかしいまのロシアは、ウクライナの情勢次第ではプーチン体制の崩壊すらありえる国になっています。だからあまりにも追い詰めれば、ロシアが戦術核を使う危険は増すでしょう。

自制すること。きわめて注意深く進むこと。
そうすることで、かつて西側はソ連を封じ込めてきました。ハンガリー動乱やチェコ侵攻、アフガニスタン戦争がありながら、一度も核を使わず冷戦に勝って来た歴史があります。
長期的にみればプーチン大統領が勝利をおさめることはない。しかしいまやソ連よりずっと弱くなったロシアに対し、安易に戦略をエスカレートして自分たちの身が危ない、存在が保証されないと思いこませるところまで追い詰めるべきではないと、ドーサットさんはいいます。
それにしても、いまのアメリカがトランプ政権でなくて何とよかったことか。
(2022年3月8日)