ウクライナ報道では3日、ゼレンスキー大統領の記者会見にニューヨーク・タイムズの記者が外国メディアとしておそらくただひとり参加し、素顔の大統領を伝えたのが印象的でした。
ひとりのすぐれた指導者が戦争全体に強い影響を及ぼしていること、しかし本人は「死ぬのはこわい」と率直に吐露できるふつうの人であることが、混乱する事態の見方を変えてくれます。
おなじころ、ワシントン・ポストはベテランのデビッド・イグナシアス記者が、米軍制服組のトップ、マーク・ミリー統合参謀本部議長のヨーロッパ訪問に密着取材しています。その同行記はアメリカ政府と軍、情報筋の深みを描いて秀逸でした(Opinion: Travels with Milley: The general brings his ‘big green map’ to NATO’s flank. By David Ignatius. March 6, 2022, The Washington Post)。

(Credit: USAG-Humphreys, Openverse)
記事の中心は、ミリー議長の「緑の地図」です。
アメリカがロシア軍のウクライナ侵攻への動きを察知したのは、去年10月末。衛星写真や無線交信など、さまざまな兆候から異常事態が明らかになった。このときミリー議長が部下に命じたのは、あらゆる機密情報を1枚の地図にまとめることでした。ロシア軍の規模、動き、ねらい、それに対するウクライナ側の動き。すべてを、30センチ四方の1枚の地図にまとめさせた。それはウクライナが緑色だったので、「緑の地図」と呼ばれました。
ミリー議長はその地図を、バイデン大統領と国家安全保障会議の面々に見せました。
ロシアの侵攻を現実の脅威と即座に理解したバイデン大統領は、そこで前例のない判断を下します。トップシークレットの情報を、NATO諸国と共有すること。さらにはメディアにも知らせ、メディアを通して国民にも知らせること。
だからでしょう。ことしになってからバイデン政権は頻繁に「ウクライナ危機」の情報を出しつづけました。侵攻が近い、ロシア軍は15万人だ、いや19万人に増えた、来週にも、数日中にも、などと。

(Credit: Dutch RTL News, Openverse)
戦争が迫ると、大統領はミリー議長に指示しています。機密情報である緑の地図を、議会首脳、国防総省担当記者団にも見せ、説明するように。
なぜそんなことをするのか。イグナシアス記者は書いています。バイデン大統領は、アメリカがプーチン大統領に対して持つ最高の武器は「真実」だと考えた、だから機密情報を武器として使うことにしたのだと。
緑の地図は、毎日更新されました。ミリー議長は最新の情報が書きこまれた地図を、ゆく先々でヨーロッパの首脳にも見せました。そういうアメリカの意志が、今回のNATO諸国の異例ともいえるまとまりを生んだのだろうとぼくは受けとめています。
(2022年3月10日)