版の王国展

 先週、浦河から帯広の美術館まで出かけました。
 北海道立帯広美術館です。「版の王国展」という展示が行われていました。
 木版画の展示かと思ったら、それだけではありません。銅版、シルクスクリーン、アクリルからステンシルなど、何か「原版」をつくり、それから作品を生み出す過程をすべて「版」という概念でまとめた展示でした。キュレーターも、企画に際してなかなか考えている。拍手です。

「蘇生の刻」小林敬生

 まず木版画の精密さに圧倒されました。
 小林敬生という作家の「蘇生の刻」を、肉眼でたしかめることができました。老眼鏡をかけて見るほどに近くから。
 細部の、ハッとするような線の鋭さは木版画独自のタッチなのでしょう。

 いろいろな「版」から生まれた作品の数々。その最後にあったのが森村泰昌さんの作品でした。
「寒雀寒鳩(御舟)」、近代日本画の巨匠、速水御舟の「寒雀寒鳩」をもとにしたものです。

「寒雀寒鳩(御舟)」 (森村泰昌)

 むかし、森村さんの作品を見たときはパロディーだと思いました。本人がマリリン・モンローに扮していて、その姿を写した写真なんかが作品となっている。なんでこんなおふざけをするのかと、凡庸な想像力しかないぼくはわかりませんでした。その後、トロッキーやゲバラなどに扮したさまざまなパロディーを見て、だんだん森村さんの魔力にとりつかれました。

「寒雀寒鳩(御舟)」も、元の絵とおなじではない。たとえば「鳩」の足の部分をよく見ると、人間の手になっている。

 原画とパロティー、そのあいだを行き来しつつ、ぼくらは自分のなかにある「既成のイメージ」が崩れるのを感じます。すべては遊びと思っても、はたまた幻想だと思っても、解消されることのない「いったい何なんだ、これは」という思い。そのときパロディーはパロディーではなく、ひとつの作品になっている。

帯広美術館「版の王国展」

 そういうたぐいの楽しみが、過疎地にはなかなかありません。
 浦河ですごしながら、ぼくはインターネットと宅急便があれば日本中どこにいても都会と変わらない暮らしができると思ってきました。
 でも、美術展やオペラは浦河では見られない。
 森村泰昌さんの作品を見るためには、車で2時間半走って帯広まで出かけなければなりません。
 ゴッホを見ようと思ったら、飛行機に乗って東京まで行かなければならない。
 これだけは、残念ですが過疎地の弱みだと思います。
(2021年8月25日)