発表にはない戦場

 ロシアの発表はウソだ。それは誰でも知っています。
 でもウクライナの発表もそのまま信じてはいけないと、現地を見たワシントン・ポストの記者がいっています(In Ukrainian town, reality doesn’t match government boasts of victory over Russian forces. By Sudarsan Raghavan, March 23, 2022, The Washington Post)。

 ここ数日、ウクライナではロシア軍が立ち往生し、一部でウクライナ軍の反攻が伝えられています。ことに希望的観測を呼んだのがイギリス情報筋の話でした。ウクライナ軍がキーウ近郊で反撃に成功し、要衝マカリフをロシア軍から奪還したというのです(ニューヨーク・タイムズ3月23日)。
 こういう情報に接すると、ぼくなどはすぐに、ひょっとしてこの戦争はウクライナが勝つんじゃないかと思ってしまう。でもポスト紙の現地報道は、とてもそんな甘い状況ではないと冷水を浴びせてくれました。

ゼレンスキー大統領 Facebook から(3月21日)

 キーウ西側の町、マカリフに向かったのは、戦場取材の経験豊富なベテランのスダルサン・ラガヴァン記者です。
 ラガヴァン記者は、マカリフの町は解放され平穏になったと思って行ったのですが、入口の検問所で止められました。すぐに立ち去れといわれます。いつロケット弾が飛んでくるかわからないから。たしかに砲撃の音がし、町の向こうには煙が上がっています。
「マカリフ全部が制圧されたわけじゃない。町民がもどれる状況じゃ、まったくないんだ」
 いまだ危険な戦闘の真っ最中だと、マカリフの町長がいいます。
 じゃあどうして、政府はマカリフが解放されたなんて発表したんだろう。取材でだんだんわかってきました。

ゼレンスキー大統領 Facebook から(3月20日)

 マカリフは戦争がはじまってまもなく激しい戦場となり、砲撃で町役場の国旗掲揚ポールが倒されました。でも最近になってそのポールを警察が立て直し、ふたたびウクライナ国旗を掲揚したのです。激戦の町にひるがえる国旗のビデオを、政府が利用したのでした。マカリフは奪還された、ロシア軍から解放されたと。

 まったくのウソではないけれど、誇張がすぎる。
 町の一部はまだロシア軍が支配し、砲撃と戦闘はつづいています。政府がウクライナ軍は反攻に転じたといえば、国民の士気はあがるけれど、戦況はそれほどくっきりしたものではない。ロシアのあからさまなウソと隠蔽にくらべればよほどましだけれど、ウクライナ政府の発表もまた過剰なバラ色になることがあるとラガヴァン記者はいいます。

 現地に行く。現場に立つ。報道の基本です。
(2022年3月25日)