相談があるんです

 ひがし町診療所デイケアのメンバーは、年に何回か大学の授業に出ます。
 社会福祉を学ぶ学生たちに、精神障害の当事者として話をするためです。いつもは大学まで行くのですが、去年からはコロナのせいでリモートが多くなりました。月曜日も、そういうリモート出演がありました。

 診療所の2階で、パソコンの前に座ったのはデイケアの常連メンバー5人です。
 ソーシャルワーカーの泉祐志さんの司会で、それぞれに病名やこれまでの経過、いま何に苦労しているかなどを話しました。
 今回いちばん印象に残ったのは、佐々木結衣さんです。

佐々木結衣さん

 佐々木さんは、あえていえば精神障害というより社会的障害というタイプでしょう。家族や人間関係、学校や仕事でなにもかもうまくいかずに孤立し、たくさんの苦労を抱えてきた人です。そんなたいへんな人生だのに、ずっと「大丈夫」といいつづけてきました。
 あたしは平気、問題は何もない。そういう顔をしている。そういう顔しかできない。
 じつはたいへんなのに、そのことを、困りごとを人に相談することができませんでした。
 精神科医の川村敏明先生にいわせれば、「平気仮面」をかぶりつづけてきた人です。

 その佐々木さんが先月、30何年の人生ではじめて、「相談があるんです」と先生にいいました。
 ほお、どうしたの。
 こんなことがあって、と話したのはちょっとした失敗です。
 共同住居の食事係だったのに、いざ料理しようとしたら食材がない。誰かが忘れたのか自分が忘れたのか。「ヤベエ」と思ったけど、いつものように「焦った顔をしていなかった」。
 あたしはもう、いっぱいでした。先生、そういうの、どうすればいいんですか。

 そんな話をするのははじめてだし、すらすらしゃべれたわけではない。何をいったかもよく覚えていない。でも「話しだしたら止まらなかった」と、いっていました。

 先生は感動しました。
 きたな、この瞬間、という感覚だったでしょう。
 診療所のデイケアに通うようになって5年、佐々木さんがはじめて自分のことを自分のことばでしゃべっている。人に相談することができている。あたしは平気じゃないんですと。

 残念ながら、リモートの向こうでこの話を聞いた学生たちは全体像が理解できなかったでしょう。これがどれだけ大事なことか、よく意味がわからなかったはずです。でも、佐々木さんのすなおな笑顔に何かを感じ取れた人もいたのではないでしょうか。
 佐々木さんのはじめての相談は、診療所にとってことし最高の収穫のひとつだったと思います。
(2021年12月14日)