きのう、豚の心臓を人間に移植するという画期的な出来事について書きました。
ニューヨーク・タイムズがこれについて書いた翌日、こんどはワシントン・ポストが気になる続報を伝えています。
心臓移植で救われた患者は、過去に重度の傷害事件を起こしていたというのです。被害者の青年は事件の後遺症に何年も苦しんだ末に亡くなりました。遺族は、被害者は死刑を宣告されたにひとしいのに、加害者にはなぜ再び生きるチャンスが与えられたのかと、さめた目で見ています(The ethics of a second chance: Pig heart transplant recipient stabbed a man seven times years ago. Jan. 13, 2022, The Washington Post)。

傷害事件は、1988年に起きました。
今回心臓移植を受けたデビッド・ベネットさんが、まだ元気だった23歳のとき、飲食店でエドワード・シューメイカーさん22歳をナイフで襲い、7か所刺して重症を負わせました。シューメイカーさんは一命をとりとめましたが、重度の障害で17年車椅子の暮らしをつづけ、病気で亡くなっています。加害者のベネットさんは10年の刑を7年で終え、その後は多くの家族に囲まれて暮らしました。近年になって重い心臓病となり、今回の移植手術を受けています。
被害者の遺族はベネットさん相手の民事訴訟で勝ったけれど、ベネットさんからは1銭の損害賠償も支払われてはいません。

(Credit: Baltimore Heritage, CC0 1.0.)
もちろん心臓移植は医学的な判断で決まります。患者の過去の犯罪歴は問われません。
手術を行ったメリーランド大学のバートレー・グリフィス博士も、病院も、また移植を受けた心臓病患者のデビッド・ベネットさんも、そのかぎりでは何の問題もない。
とはいえ亡くなったシューメイカーさんのきょうだいは複雑です。
豚のものとはいえ貴重な心臓が、よりによってどうしてこんな使われ方をするのか。もっといい人に移植されてもよかったのに、とポスト紙のインタビューに答えています。

メリーランド大学病院は、「移植手術を行う前に、医者は患者の過去の犯罪歴を知っていたのか」という問い合わせには、答えなかったとポスト紙はいっています。また加害者である患者の家族も、そのことについては何もしゃべらない、といっています。
ぼくもむかし、何人もの日本人の心臓移植を取材しました。そのなかに、いまでいう反社会勢力の患者もいました。しかしそのことは伝えなかった。テレビの短いニュースでそこまで触れるべきではないと思ったからです。でも今回のポスト紙のように、確実な取材を十分な量の記事としてまとめるなら、そういう情報も出せただろうにと思い返します。
(2022年1月14日)