浦河の近くの町に、むずかしい患者がいました。
かつて精神科に入院し、一度よくなって退院しています。けれどその後いろいろな事情が重なって病気が悪化しました。
絶対、入院なんかしない。そういって彼女は再入院を拒否し、医療や医療関係者もかたくなに拒むようになりました。生活は荒れ放題、住居は極めつけのゴミ屋敷です。精神科のいちばんむずかしい患者のひとりになりました。

(奥にグループホーム「すみれⅢ」)
その40代女性を、7年前、ひがし町診療所の看護師、塚田千鶴子さんが訪ねました。
最初は戸を開けないし顔も見せない。どなり声で追い返されることもありました。
なんども通ううちに、少しずつつながりました。きげんのいいときはことばを交わし、おたがいに相手がわかるようになった。家のなかにも入れるようになりました。
そこで塚田さんが彼女にくり返し伝えたのは、あなたに安心してもらいたい、ということです。そのためにできることがあったらする。それをことばでいうだけでなく、通いつづけ、姿を見せることで、伝えつづけたました。何も変化はなかったけれど。
彼女の病気を治したいと思ったわけではない。彼女の気持ちを考えればありきたりな支援はできない。でも放っておくことはできない。だから通いつづけたのです。毎月何度か、往復2時間かけて。7年間。

今月、「そのとき」がやって来ました。
行き詰まった彼女が、地域のちょっとしたトラブルをきっかけに騒ぎ出したのです。警察官や役場の福祉関係者が集まり、塚田さんもソーシャルワーカーとともに駆けつけました。混乱のなかですぐにみんなが悟ったのは、場を仕切るのは塚田さんだということです。
興奮している彼女に塚田さんは、もういいよね、といいました。
よくここまでがんばった。もういい、入院しよう。
最後に塚田さんがしたのは、彼女に「歩きなさい」と告げることでした。病院に行く車に、力づくで乗せられてはいけない。自分で乗りなさい、と。
抵抗のそぶりを見せていた彼女は、すっと車に乗ったそうです。

7年かけて通った塚田さんの苦労が実を結んだ瞬間でした。
彼女が「自分で入院した」という思いを持てるようにしたのです。それは彼女の精神科病棟でのこれからの日々に、決定的な影響を与えるでしょう。
浦河ひがし町診療所の、新しい伝説の誕生です。
(2021年5月27日)