IOCに逆らう選手

 オリンピックの表彰台で、抗議した黒人選手がいました。
 1968年メキシコ・オリンピックのトミー・スミス、ジョン・カーロス、そしてワイオミア・タイアス。
 その後アメリカでは2016年、プロ・フットボールのコリン・キャパニック選手が地面に膝をついて抗議するなど、大リーグやプロ・バスケットボールの選手の抗議行動がつづいています。テニスのナオミ・オオサカ選手もそのひとりです。

 さて今回、そうした系譜につらなる新しい黒人のスポーツ選手が現れました。
 女子ハンマー投げのグウェン・ベリー選手。
 ベリー選手は先月26日、アメリカの陸上競技大会で3位となり、東京オリンピックへの出場権を獲得しました。けれど表彰式で国歌が演奏されたとき、正面ではなく横を向いて立ち、抗議の意志を示しています。怒った保守政治家は、彼女をオリンピック代表団から除名しろといっているけれど、アメリカでは選手が「平和的に意思表示をする」ことが認められているのでルール違反ではない。彼女は東京大会にやって来るでしょう。

国歌演奏で横を向くグウェン・ベリー選手
(6月26日、CNNウェブサイトから)

 もしベリー選手がハンマー投げで勝ったら、彼女はオリンピックの表彰台でまた抗議行動を起こすかもしれない。そうしたらIOCは違反だ、除名だと騒ぐでしょう。
 気がかりなのは、日本のメディアはそんなIOCに振り回されるのではないかということです。彼女がなぜそうするかまで考えるスポーツ・ジャーナリストは日本にはいないのではないか。

 先月、抗議の意志を示したあとで、彼女はなぜそうしたかについて、それは「私たちの犠牲のためだ」といったことがワシントン・ポスト紙に伝えられています(By Christine Emba, July 4, 2021, The Washington Post)。

 私たちの犠牲。
 黒人の歴史、そのなかに埋めこまれた累々たる犠牲。そのうえに私たちは生きている。
 彼女の行為は広く報道されたから、賛成反対、たくさんのことばが飛びかった。

 でも「私たちの犠牲」ということばをすくい取り、伝えたのは、やはり黒人女性のクリスティン・エンバ記者でした。
 ベリー選手が何をするにせよ、しないにせよ、彼女の考えていることをもっともよく伝えられるのは黒人女性でしょう。たんなる人種差別反対ということばでは、彼女の思いは、そしてその思いがもたらす行動は捉えきれない。
 ほんとは日本のメディアにも黒人記者がいるといいのですが。
(2021年7月5日)