これもまた異端の

 アメリカの精神科医、アレン・フランセス博士について書きます。
 おととい、ぼくは彼を「フランシス」と書きましたが、日本では「フランセス」のようです。ぼくが読んだ2013年の彼の著作は、『<正常>を救え 精神医学を混乱させるDSM―5への警告』というタイトルで、日本語にも翻訳されていました。

『<正常>を救え』
アレン・フランセス著

 日本でも、専門家のあいだではよく知られている人のようです。
 この本によれば、博士はかつてアメリカ精神医学会の主流だったのに、いまでは傍流、少数派になっている。それは彼がきわめて「まとも」な精神科医だからでしょう。
 まともな医者が少数派になるほどに、いまのアメリカの精神科は危ないことになっている。本を読んでそう思いました。

 何がどう危ないのか。
 それは博士によれば、「診断インフレーション」が起きているからです。
 診断インフレーションとは、DSM-4や5と呼ばれる新しい診断基準によって、これまでなら精神病とはされなかった人がどんどん精神病と診断されてしまうことです。

アレン・フランセス博士

・・・診断インフレーションの兆候はあらゆるところに広がっている。過去15年に4つの分野で顕著な爆発的増加が見られる。子どもの双極性障害は40倍に、自閉症は20倍、ADHD(注意欠如・多動症)は3倍に、おとなの双極性障害が2倍に・・・(拙訳)

 いまやアメリカ人は、成人になると80%が何らかの精神障害をかかえている、という調査結果まであるそうです。少し落ちつきがなければADHD、ちょっと気分が落ちこめばうつ病、心配事があれば不安症と診断されるということでしょうか。
 それをあおっているのが大手製薬会社。彼らは精神科医だけでなく一般医まで抱き込み、精神病の範囲と数を広げることに力を注ぎ、向精神薬の売り上げを伸ばし莫大な利益をあげている。なんとも恐ろしい話です。

 とはいえ、こうした圧倒的主流、多数の動きに挑戦するアレン・フランセス博士のような異端の人もいると、わずかな希望を覚えます。
 そしてまた、マサチューセッツ州のアフィヤ・ハウスのように(5月24日)、生物学的精神医学に頼るのではなく「診断の言語を、人間の多様性に置き換える」人びとがいることにも、救いを覚えます。
 そういう人びとがいつも、あちこちに、少数ではあるけれどいることに。
(2022年5月28日)