まず住居

 ハウジングファーストということばがあります。
 ホームレスに必要なのは仕事や金より「まず住居」という考え方です。住居は権利だという意味でもある。日本でもハウジングファーストをかかげる市民活動が増えました。
 発祥の地であるアメリカでは、政府がハウジングファーストを唱え、多くの州、自治体も同調しています。なかでも、テキサス州ヒューストンがきわだった成果をあげています(How Houston Moved 25,000 People From the Streets Into Homes of Their Own. June 14, 2022, The New York Times)。

 ヒューストンには5万人のホームレスがいたけれど、ハウジングファーストがはじまってから10年で半減しました。
 ホームレス対策はむかしもあったけれどうまくいかなかった。それは職業訓練を受けることや薬物依存の治療を優先したからです。ハウジングファーストはまず住居。生活の手段はそのあとで考える。このやり方でホームレスを抜け出す人が増えました。住むところがあるというのが、どれほど大事かということです。

 おもしろいのは、ハウジングファーストは全米の各地で進められているのに、ヒューストンが飛び抜けた成果をあげたこと。いくつかの要因が指摘されますが、やはり行政のトップ、市長の存在が大きかったようです。2010年から2016年までヒューストン市長だったアニース・パーカーさんはいっています。
「法律の文言だけ追ってもだめ、その精神を読まなければ」

 精神、つまりなぜハウジングファーストなのかってことです。
 そこを理解したパーカーさんが、ホームレスにかかわる市民団体や行政など100以上の組織の連携をつくりあげ、「住居」を増やしつづけた。要するに行政トップが明確な目標をかかげ、みんなのやる気を引き出したのです。それが2万5千人のホームレスをなくすことになりました。

アニース・パーカー前ヒューストン市長
(本人の Facebook から)

 成功物語です。でもぼくがこの話で気に入ったのは、パーカー前市長がレズビアンだということでした。「妻」とのあいだに4人の養子があり、そのうちのひとりはゲイです。このゲイの息子が、かつてゲイであることが理由でホームレスを経験しました。その経験をパーカーさんはすくいあげている。
 かりにゲイの息子がいなくても、マイノリティのパーカーさんには他者の痛みへの想像力があったでしょう。その想像力が、全米きってのホームレス対策につながった。

 こういう“規格外”のリーダーが、ぼくらの社会にはなぜいないのでしょう。
(2022年6月20日)