インチねじの混乱

 ウクライナが、意外なところで止まっています。
 メートル法でできている戦闘態勢に、ヤードポンド法が持ち込まれたために。
 国家存亡の危機に、そんな障壁が現れたとは。いまの日本に突然ヤードポンド法がもちこまれたのとおなじことで、戦場の兵隊たちが頭を抱えています(Potent Weapons Reach Ukraine Faster Than the Know-How to Use Them. June 6, 2022, The New York Times)。

東部の前線を訪問するゼレンスキー大統領
(ウクライナ大統領府、5月5日)

 圧倒的なロシア軍に対し、ウクライナ軍が持ちこたえているのは、西側の武器があるから。携帯式の対戦車ミサイル「ジャベリン」などで、キーウからロシア軍を撃退しました。しかし戦争が東部戦線に移り、新しい武器が登場します。この新しい武器、たとえばM777榴弾砲はアメリカ製で、ヤードポンド法でできています。整備や修理をしようにも、ウクライナ軍のメートル法のスパナではネジひとつも外せない。

 アメリカは大砲と弾薬を送り出したあとで気づき、あわてて維持修理用の工具類を送ったようです。ウクライナ軍は最新兵器を手に入れながら、しばらく使うことができなかった。

M777榴弾砲
(Credit: The U.S. Army, Openverse)

 西側の最新兵器を、ウクライナ軍がすぐに使えるわけではありません。ときにはドイツやポーランドの軍事演習場で何週間にもわたる訓練が必要です。しかも新兵器を使うための維持管理、修理の体制を整えなければならない。

 たとえば砲撃を行うとき、レンジ・ファインダー、距離計を使うけれど、その使い方がわからない。暗視機能のついた軍用のレンジ・ファインダーは、ゴルフ用とちがって高機能です。マニュアルは104ページにもなるけれど、英語で書かれている。ウクライナ兵士は読めないから、グーグル翻訳で読もうとしているそうです。それでもわからずに頭を抱えている。

レンジ・ファインダー(JIM LR)
(Safran社サイトから)

 戦争がはじまってからアメリカ、イギリスの情報機関は驚くほど高度なレベルで戦況の的確な分析と評価をつづけています。でも彼らは開戦前に決定的なミスを犯しました。戦争は数日で終わるとみて、戦争がこんなに長期化するとは誰も予測しなかったのです。
 それがいま百日を超え、戦況が変貌し新兵器が持ち込まれている。ヤードポンド法と英語の前で前線の兵士が頭を抱えることになりました。

 そういう不測の事態に、少しでも迅速に対応できるかどうか。ウクライナ兵士はもうひとつの戦いを戦っています。
(2022年6月8日)