オーデュボンの闇

 ジョン・J・オーデュボン。
 鳥にくわしい人で、この名を知らない人はいないでしょう。19世紀中頃のアメリカの鳥類研究者です。研究者としてより、画家として有名でした。彼の描く鳥は、現実の鳥以上に生き生きとした姿となって見るものを虜にする。1827年に出版されたオーデュボンの「アメリカの鳥」は、世界一高価な中古本ともいわれます。

 そのオーデュボンがじつは白人至上主義者だったとわかり、アメリカの野鳥保護団体として有名な全国オーデュボン協会があわてています。「オーデュボン協会」という名称が、まるで人種差別を進めるかのように響く。そういう名称は変えようとあれこれの議論はあったものの、ことしもまた理事会は「名前を変えない」と決めました(New York Birders Reject Audubon Name Over Slavery Past. March 22, 2023, The New York Times)。

ジョン・J・オーデュボンの作品
(Credit: rawpixel, Openverse)

 全国組織はそうでも、地方の支部は納得しない。
 オーデュボン協会ニューヨーク支部は先週、自分たちの名称を変えると決めました。新しい名称は未定ですが、「オーデュボン」という表記は消えるでしょう。こうしたリベラルな都市の反乱が、シカゴでもシアトルでも起きている。“オーデュボン”協会ニューヨーク支部長のジェシカ・ウィルソンさんはいいます。
「この名前があると、市民の広範な支持を得ようとしたときに大きな障害になるんです」

 論争を見ていて、ひとつ気づいたことがありました。
 ニューヨーク支部の理事で、黒人のクリスチャン・クーパーさんがこういっています。
「国は変わったし人種構成も変わった。でもいまだに“バーディング”は圧倒的に白人のものだ」
 バーディング、つまり野鳥の観察や保護運動などを通して野鳥とともに生きる生き方は、白人が独占してきたものだというのです。「野鳥とともに生きる」ことができたのは歴史的に白人で、黒人はそんな生き方はできなかった。
 彼にそう指摘されるまで、ぼくはそこに気づきませんでした。
「黒人のバードウォッチャー」を想定していなかった。黒人が鳥を見るなんてありえない、という偏見があったと思います。

ジョン・J・オーデュボンの作品
(Credit: rawpixel, Openverse)

 名前論争の核心にあるのは、とても単純なことではないでしょうか。自分たちが「オーデュボン」をどう思うかではなく、彼ら黒人がその名前をどう思うかです。
 組織が黒人にとって入りにくい名称であるなら、それは変えるべきでしょう。ニューヨーク支部の名称が変わったのは、理事のなかに黒人が入ってからだそうです。とても示唆にとむ話です。
(2023年3月29日)