カナダのMAID

 MAID、医療幇助死について何度か書きました(2022年1月26日、2月1日、12月5日)。
 重い病気で終末期にある人が、自発的に最期を迎えられるよう医療が手助けするしくみです。その先進の地カナダが、MAIDの対象に精神疾患の患者を含めようとして論争になっています。
 MAIDを日本でも取り入れてほしいと思っているぼくも、精神障害者まで対象にすることには疑問を感じます(Who can die? Canada wrestles with euthanasia for the mentally ill. January 14, 2023, BBC)。

 カナダは2016年、MAID(医療幇助死, medical assistance in dying)を合法化しました。がんの終末期などにあって治る見込みがなく死期の迫っている患者は、一定の条件を満たせば医師の投与する薬剤で自ら死亡することができるようにした制度です。
 2021年にはMAIDを選択して死ぬ人が1万人以上になり、カナダの全死亡者の3.3%になりました。はじめは対象者を厳しく限定していたのが、その後範囲が拡大され、重い遺伝性疾患の患者などもこの制度のもとで死期を選ぶことができるようになっています。

 さらに去年は、この制度で死にたいと希望した重症の精神病患者がいたことから、MAIDの対象に精神疾患を含める動きがはじまりました。重い精神病で「治癒できない」患者を、MAIDの対象に含めようというのです。
 しかし精神科医の団体であるカナダ精神保健協会は、どんな精神疾患であれ治療できないと決めることはできないと、法改正に強く反対する立場を表明しました。こうした批判に応え、カナダ政府は先月、ことし3月に予定されていた改正法の施行を延期すると発表しました。時間をかけて検討するというサインです。でも最終的には改正法を施行するかもしれません。

 BBCの報道では議論の詳細がわかりませんが、ぼくは精神疾患をMAIDの対象に含めることに違和感があります。精神病患者が自殺念慮を抱くことはあるし、本人が死にたいと訴えることもある、そして実際に精神障害者の自殺は多い。けれどそれは末期がんで死が近いということとはまったく異なる生のあり方ではないか。
 たぶん根底にあるのは、末期がんのような状態はある時点をすぎると死に至る過程がほぼ確実に予見できるけれど、多くの精神病はそうではないということです。精神病の予後が予見できるという人がいたら、それこそ「別種の狂気」ではないか。また誰かの何らかの精神病が治癒できないと決定することも、おなじような硬直した思考に貫かれている。その奥には、医学は精神病を理解し、管理できるという幻想があるのではないでしょうか。

 MAIDをつくったカナダは、合理的な議論を重ねてこの制度をつくりました。さらに合理的な議論を積みあげ、結論を出してほしいものです。いずれは日本が参照するモデルのひとつになるでしょうから。
(2023年1月17日)