ガーナの手話村

 長年手話の取材をしてきたけれど、こんな“手話村”があるとは知りませんでした。
 西アフリカのガーナにあるアダモロベ村です。首都アクラの近くにある人口1千人あまりの小さな村ですが、知る人ぞ知る世界的に有名な手話コミュニティのようです。

 人口の3%がろうで、「アダモロベ手話」を使います。それに合わせて聴者も手話を使う。村全体が手話を使う“手話村”だとか。なんとすばらしい、と感心したのですが、状況は厳しいとBBCが伝えています(The Ghana village where deaf couples were outlawed. April 8, 2022, BBC)。

 むかしからろう者が多いアダモロベ村では、1975年、村長が「ろう者同士の結婚を禁止する」という命令を出しました。ろうの子どもを増やさないためです。いまはなくなりましたが、この命令のおかげでろう者は減り、手話人口も減りました。
 ろう者のアフアさんはいいます。
「ろう者はろう者と結婚するのがいいに決まってるんですよ」
 おなじくろうの夫、コフィさんもいいます。
「この村には聴者もろう者もいっぱいいて、みんなひとつになって暮らしてる。ここには差別なんてないね」

 みんなが手話を使える、ろう者への差別のない村。
 でも最近は外部から流入する人も多く、ろう者は減って手話を使わない聴者が増えているようです。アダモロベ手話は消滅のおそれもあると、イギリスの手話言語学者が調査と記録を進めています。

ガーナの村落(資料映像、Pixabay)

 むかしからろう者が多く、聴者も手話を使うというコミュニティはたくさんありました。いちばん有名なのはアメリカ東海岸のマーサズ・ヴィンヤード島でしょう。誰もが手話を使う島として知られました。日本にも瀬戸内海に似たような島がありました。でも近代化とともにこうした“手話コミュニティ”は消えてゆきます。アダモロベの“手話村”もいずれなくなるのでしょうか。そうだとしたらぼくらは言語の多様性、つまりは人間社会の多様性をまたひとつなくすことになります。

 アダモロベ手話が注目されるのは、それがろう者のあいだで自然にでき、受けつがれてきた手話だからです。ガーナにはガーナ手話がありますが、もともとはアメリカから持ちこまれたアメリカ手話でした。アダモロベ手話は、ガーナ手話とは別の自然言語です。
 アフリカでもアメリカでも日本でも、ろう者は自分たちの自然言語をつくってきました。聴者社会に多様性をもたらす力を持っていたのです。
(2022年4月9日)