タラが足りない

 イギリスの国民食、フィッシュ・アンド・チップスが衰退の危機です。
 急激な値上がりで消費者離れが進み、フィッシュ・アンド・チップスを売る店の多くが、もうじき立ち行かなくなるというのです(Ukraine war’s collateral damage: Britain’s beloved fish and chip shops. July 2, 2022, The Washington Post)。

 フィッシュ・アンド・チップスは、白身魚のフィレに衣をつけて揚げ、ポテトとともに食べる、じつに手軽でかんたんな食べ物です。イギリスのどんな町でも売っている定番のスナック。テイクアウトで揚げたてを新聞紙に包んでもらい、街角でふーふーしながら食べたおいしさは忘れられません。レストランやパブでもメニューに載せているところが多く、日本のたこ焼きやコロッケより一般的ではないでしょうか。
 魚はタラと相場が決まっていて、ティラピアやメルルーサを使った人もいたけれど定着しなかった。フィッシュ・アンド・チップスにかんするかぎりイギリス人は超保守的、タラ以外を認めようとしません。

 そのタラが、近年とれなくなりました。
 漁場がどんどん北に移っている。年に12キロのペースで。
 イギリス周辺でとれなくなり、いまイギリスに入ってくるタラのほとんどはノルウェー、アイスランド、ロシア産です。ロシア産が減り、タラの値段が倍以上になりました。
 それだけならまだしも、揚げ油のヒマワリ油も年初来3倍になりました。世界のヒマワリ油の50%を生産するウクライナからの出荷が滞っているせいです。代替品として使われるパーム油も品薄です。大生産国であるインドネシアが、食用油の逼迫を見込んでパーム油の出荷を止めたためです。

(Credit: lemonfilmblog, Openverse)

 さまざまな事情でフィッシュ・アンド・チップスは値上がりしました。消費者は遠ざかり、店をたたむ人もこれから増えるでしょう。庶民の味方だった白身魚のフライが、いまやところによっては牛のステーキより高くなっています。
 全国魚フライ連盟のアンドルー・クルック会長はいいます。
「2度の大戦を生きのび、大恐慌も不景気も乗り切ったけれど、こんな事態ははじめてだ」

 値上がりはウクライナ戦争のせいかと思ったら、どうもそんな単純な話でもないようです。
 地球温暖化。化石燃料の高騰。魚資源の枯渇。
 大きくて見えにくい、複雑な現象がからんでいる。しかもそうした現象こそがフィッシュ・アンド・チップス高騰の主因かもしれない。記事を読みながら、そんなことを考えました。
(2022年7月6日)