バイリンガルと認知症

 バイリンガルは認知症にならない。
 より正確にいうなら、バイリンガルの人はモノリンガルの人にくらべて認知症になりにくいか、あるいは認知症を発症する時期が遅くなる傾向がある。日常会話でいうなら「バイリンガルはボケないらしい」です。
 言語学者のあいだではかねてから知られていた現象ですが、これを補強する新しい学術論文が出てきました(Bilingualism May Stave Off Dementia, Study Suggests. April 28, 2023. The New York Times)。

 国際的な専門誌『加齢の神経生物学(Neurobiology of Aging)』4月号の論文です。この研究はドイツにいる59歳から76歳の746人を対象としました。そのなかには若いころから中年期にかけて2言語を使いはじめ、毎日2言語を使った人と、ずっと1言語しか使ってこなかった人が含まれています。彼らに、語彙や記憶、注意力や計算力など、さまざまなテストを受けてもらったところ、2言語、バイリンガルの人は、1言語、モノリンガルの人にくらべて言語能力だけでなく記憶力や注意の集中力、判断能力が優れているという結果が得られました。

 専門家はこの研究が、バイリンガルは年をとっても認知症になりにくいという従来の学説を補強するものと見ています。コロンビア大学の神経心理学者M・レンテリア博士はこうコメントしました。
「人生の早い時期から中年期ににバイリンガルになった人は、その後の人生で認知能力が衰えないということです」

 バイリンガルが認知症になりにくい、あるいは発症の時期が遅いという研究は20年ほど前から知られています。なぜそうなるかはよくわかっていませんが、バイリンガルは脳の活動が2言語のあいだを行き来するので、それが二つ以上のことを同時に行うとか、情動をコントロールし自制心を保つといった形で、脳の他の部分をも活性化するのではないかと神経心理学者は考えているようです。

 バイリンガルと認知症、これはしろうとにとって気を引かれやすいトピックです。
 ぼくはバイリンガルではないけれど、毎日英語のニュースを読んでいます。そうすれば、もしかすると認知症になるのが遅くなるから。認知症に効く薬はないので、バイリンガルを目ざして「予防」するしかないと思って。
 でも、そういう目先の利益に走ってはいけないと、ハーバード大学の言語学者で、英語やバスク語など4言語話者でもあるE・ブランコ=エロリエッタ博士はいっています。
「バイリンガルの有利さは認知面だけで測られるものではありません。私はバイリンガルが大事なのは二つの文化、二つの世界を行き来できることだと思っています」
(2023年5月4日)