ヘールの伝統・4

 ベルギー北部の町、ヘールについて書いてきました。
 ここでは地域住民が自宅に精神障害者を家族の一員として受け入れ、ともに暮らしているという話です。グループホームよりもさらに進化したというか、実現可能でもっとも理想に近い暮らし方でしょう。

 たまたま先日、精神障害者の暮らしに深くかかわってきた専門家の話を聞きました。そこでわかったのは、ベルギーはヘールだけでなく国全体が国際的にも注目されるホットな地域だということです。
 伝聞なので正確ではありませんが、おおむねこんな話でした。

ベルギーの町並み(ディナン)

 ベルギーは精神科病院を中心とした医療体制から脱却するだけでなく、いわゆる医療や福祉よりもっと大きな視点から地域での精神障害者の暮らを考えるようになった。経済的にも成立し、社会的にも維持可能なモデルを実現しようとしている。
 それがどんなものか見てみたいと、日本から最近、人権問題にくわしい弁護士グループが現地を訪問した。彼らはこのブログに書いたヘールの町には行っていないようだけれど、ベルギーの新しい流れを日本にも伝えようとしている。

「いやありがたい。弁護士のなかにはそういう意欲のある人がいるんですね」
「それも一人二人じゃない、数十人のまとまったグループですよ」
「だとすれば、日本の精神科も変わるかもしれない」
「いやそうかんたんではないでしょう。厚労省、文科相が動かない、壁になってる」
「壁? 現状維持ですか。そんなんじゃ官僚やっててもつまらないだろうに」
「病院協会があるからね。彼らが、現場が変えるなっていってたら役所だってそれ、変えるわけにいかんでしょ」
「変えたら、彼らのもうけがなくなっちゃう」
「なにしろ病院協会って、親玉が『拳銃を持たせろ』っていってるとこだから。危険な患者を診るんだからって」
「どっちが危険なんだか」
「危険な患者って、彼らが作り出してるんですよ」
 酒席でのおぼろげな記憶だけれど、どうもこんな会話だったような気がする。
 ベルギーは、遠い夢。

ヘール(ベルギー北部)
(Credit: Reedcat, Openverse)

 でもまったくの夢まぼろしではない。ぼくには浦河があります。この町にはヘールの伝統とおなじものが、やや形はちがうけれど、手のなかのクルミのようにたしかなものとして存在している。その根をどうにかして広げたいものです。
(2023年4月27日)