ベーシックインカム

 うまくいくとわかっているのに、できない。
 それがベーシックインカムという制度です。なぜできないかを考えると、どうもぼくら自身の古い社会観が障壁になっているらしいとわかってきます(Universal Basic Income Has Been Tested Repeatedly. It Works. Will America Ever Embrace It? By Megan Greenwell.  October 24, 2022, The Washington Post)。

 ベーシックインカムというのは、国がすべての国民一人ひとりに、毎月一定の現金を支給する制度です。社会保障の劇的な転換と期待されながら、まだどこでも実現していない。でも考え方じたいはしだいに広がっています。
 支給額は月に8万円から10万円、あるいは15万円。
 それを障害者だろうが健常者だろうが、誰にでも毎月、現金で渡す。無期限、無条件で。
 そんなことできっこないでしょ、というのが大方の反応です。でもできる。やろうと思ったら。ワシントン・ポストに載ったフリー・ジャーナリスト、メーガン・グリーンウェルさんの長文の特集記事を読んで、ぼくはそう思うようになりました。

 グリーンウェルさんは、カリフォルニア州ストックトンで2019年からはじまったベーシックインカムの小規模な実験を紹介しています。
 スタンフォード大学ベーシックインカム研究所のショーン・クライン教授らが進めたこの実験は、SEED(Stockton Economic Empowerment Demonstration)と名づけられ、ストックトン市の貧困地区に住む125人の市民に毎月500ドルを2年間、無条件で支給するものでした。わずか2年の試みだったけれど、それによって貧困を抜け出し、自立に向かおうとする人たちが現れるなど、めざましい成果をあげたとクライン教授はいいます。
「こんなにうまくいくとは思わなかった。わずかな金でどれほど多くが達成されたか、驚きです」

カリフォルニア州ストックトン市

 現金の使い道で、いちばん多かったのは食料品への支出でした。ついでその他の日用品、光熱費、ガソリンと自動車の維持費など。貧困にあえぐ人たちはそれで「とりあえず一息」つくことができた。そして教育や職探しなど、自立に向けてのさまざまな動きがはじまっています。なかには破綻した結婚生活を解消できた女性もいました。タバコやアルコールにつかわれたのは全体の1%以下です。
 現金をもらった人は、けっしてむだ遣いに走ったわけではありませんでした。

 グリーンウェルさんは、ストックトン以外のさまざまな都市でのパイロットプログラムも紹介しています。共通しているのは人間の尊厳、その回復。できっこないことをやろうとする人たちの話は刺激的です。その話をもう少しつづけましょう。
(2022年10月31日)