何がミルクなのか

 豆乳、アーモンド乳、その次は“酵母乳”。
 市場にはいまいろいろな代替ミルクがあります。乳牛の乳をしぼるのではなく、植物から作るミルク。その最新版は、植物ですらなく酵母などの微生物で作ります。
 原動力となっているのは「健康」より「気候」。地球温暖化を防ぐためにできるだけ牛に頼らない。牛の飼育で出る炭素やメタンガスを減らす、動物の虐待防止を進める、そのために牛ではなく酵母でミルクを作る人たちが現れています(Moooove over: How single-celled yeasts are doing the work of 1,500-pound cows. March 12, 2023, The Washington Post)。

 といっても、酵母がミルクそのものを作るわけではない。ミルクの主成分であるカゼインというタンパクを作る。これにほかの成分をいろいろ混ぜ、ミルクそっくりな代替ミルクを作る、ということらしい。その乾燥粉末である粉ミルク“もどき”が、製品として市販されるようになりました。カリフォルニアのパーフェクトデイというベンチャー企業が売り出し、ほかにも十数社が事業に取りかかっています。

 パーフェクトデイの創業者、ライアン・パンディアさんは、事業の中核にあるのは「精密発酵」だといいます。
 ステンレス・タンクのなかに酵母を入れ、精密に管理した発酵を行わせ、本物のミルクに含まれるタンパクとおなじものを作り出す。人類がむかしから使ってきた発酵という技を、コンピュータ制御で工業化したのです。これで、牛がいなくても牛の乳はできる。少なくともその主要成分はできる。だから製品には「アニマル・フリー」、動物をいっさい使ってませんと書いてあります。もちろんコレステロールや抗生物質、成長ホルモンがまぎれこむ心配もない。

 酵母乳が、消費者にどれだけ受け入れられるかは未知数です。
 でもメッセージ性は強い。ミルクとおなじだけど、牛はまったく関係ない。
 農業分野では、牛が気候危機のナンバーワン要因です。ぼくらが牛肉や牛乳を消費すればするほど、地球温暖化は進む。アニマル・フリーだったらその害ははるかに少ない。消費者のなかにはそう考え、アニマル・フリー、牛のない牛乳を選択する人も多いでしょう。
 いまある豆乳やアーモンド乳はベジタリアンの愛用品です。日本人に多いラクトース(乳糖)不耐症にもいい。でも牛乳とは味がちがうしチーズもできない。酵母乳はミルクにそっくりで、しかもチーズをつくることもできる。

 じゃあこれから牛乳は減って、どんどん酵母乳になるかといったら、そうかんたんでもないらしい。牛乳とそっくりといっても、牛乳のすべての成分ができているわけでもなく、微妙なちがいがあるようです。まだまだ課題はある。
 でもぼくには魅了的です、この酵母乳。日本にも来てほしい。
(2023年3月15日)