依存治療の落とし穴

 依存症からの回復は、本人の「内なる力」からはじまる。
 だから、依存症になった人に更生プログラムを強制するべきではないと、専門ジャーナリストのマイア・サラヴィッツさんがいいます。

 サラヴィッツさんは、かつて麻薬依存症だった自分自身の経験をもとに薬物依存について取材し、ニューヨーク・タイムズなどで発信しつづけている“薬物専門”ジャーナリストです。麻薬対策、依存症からの回復について現場をよく知り、説得力のある議論を展開しているので、このブログでも取りあげました(2021年8月15日)。今回のオピニオン欄への寄稿も、ポイントを紹介します(Why Forced Addiction Treatment Fails. By Maia Szalavitz. April 30, 2022, The New York Times)。

マイア・サラヴィッツさん
(本人のツイッターから)

 今回彼女が取りあげているのは、麻薬や覚醒剤などの薬物依存になった人びとへの更生プログラムです。
 アメリカではここ数年、薬物依存を犯罪として処罰するより、その害から「生きのびてもらう」ことを目ざす「ハームリダクション」と呼ばれる考え方が広がりました。依存を「やめさせる」のではなく、本人が自ら「やめよう」と思うようにしてもらう、そのためにどうすればいいか考えるのです。

 この過程で、更生プログラムが登場します。多くの州では、家族や警察などの要請があると、裁判所は更生プログラムを受けるよう依存の当事者に命令します。刑務所に入る代わりに、まじめにリハビリを受ければ許してやろうというわけです。
 なかなかいいシステムだと思いがちですが、それが「強制」であるかぎり効果は期待できないとサラヴィッツさんはいいます。

 更生プログラムについては2016年までに9つの調査報告が出ていて、そのうち5つはまったく効果がないといっている。2つは逆効果、残る2つが短期的に有効といっているだけです。
 依存は、処罰や治療の強制では対処できない。それで対処できると考えるのは、依存と人間についての洞察を欠いています。

 サラヴィッツさんの議論のぜんぶは紹介できませんが、ひとつ印象に残った部分があります。それは精神疾患を伴った重症の依存症者であっても、暖かい「住むところ」と親身の「サポート」があれば回復への可能性があるというところです。
 住まいとご飯。
 依存症の基本も、暮らしなのですね。
(2022年5月6日)