依存症の迷路・2

 依存症の核心には、強迫的な行動という「わからなさ」があります。
 アルコール依存症の人たちは、自分の意志も理性も、常識や社会ルールのすべても超越したところで、どうしようもなく飲んでしまう。精神医学はそれに強迫性ということばを与えました。
 依存と強迫性について国立精神・神経医療研究センターの精神科医、松本俊彦さんはこういっています。

・・・物質依存症患者の物質摂取行動は,その動機が判然としないがゆえに強迫的に見え,同時に,その予測困難さゆえに衝動的と映る.つまり,彼らの強迫性や衝動性はある種の「得体の知れなさ」という点で共通している.・・・(精神経誌.113 (10), 2011)

 薬物依存は、たんにやめられない、がまんできない、なんていうものではない。判然としない、「得体の知れない」力が働いている。
 それがどのように現れるか、松本さんはあるアルコール依存症者の行動を記述しています。

・・・患者が,ある日突然,鬼のような形相に豹変し,病棟から姿を消す.まもなく警察から,院外のコンビニエンスストア店内でその患者が支払いをすませていないアルコール飲料を飲み干したという連絡が入る.彼は首を振りながらこう弁明する.「ずっと我慢していたが,どうにも自分を抑えられなくなった.気がついたら酒が口の中に入っていた」.この蛮行は衝動的と形容するにふさわしい.・・・

 うわあ、まったくおなじだと、ぼくは叫びたくなりました。
 北海道・浦河ひがし町診療所の精神科医、川村敏明先生がかつて話していたエピソードが、これとそっくりなのです。

 ひとりのアルコール依存症患者が、3か月の治療を終え退院した。病院を出て50メートルのところにある酒屋の前を通ると、歩道からいきなり店のなかに引き込まれてしまった。気がついたら棚のカップ酒を飲み終え、空の瓶を持ってレジで会計している。3か月の治療は、病院を出て3分で水泡に帰してしまった。
 本人は、酒屋に入ったのは自分じゃない、自分は引き込まれたんだといっている。
「恐ろしいもんだ、先生。まっすぐ歩けないんだから」

 依存症の強迫、衝動には「得体の知れなさ」があると松本さんはいいます。
 その「得体の知れなさ」、「わからなさ」をどうすればいいのか。ここに、ただの精神科の臨床を超えた、人間存在の深部にかかわるテーマがあります。そのことを考えつづけてみます。
(2022年7月12日)