先住民になる

 台湾で、漢族の若者が先住民になろうとしている。
 こんな記事を読んで、何をアホなことをと思いました。先住民と連帯するならともかく、先住民に「なる」なんてできるわけがない。
 ところが、読み直して唖然としました。
 そういう生き方があるんだ。それは可能なだけでなくすごい可能性を秘めている。それを「アホ」だと考えたぼくこそが、古く退屈なアホでした。

 台湾の先住民(彼らは自分たちを“原住民”と呼んでいますが、ここでは先住民とします)は、政府統計によれば16部族、58万人で全人口の2%強です。
 このなかの、台東県のプユマ族(卑南族)に入りこんだ漢族の若者、リーさんの話をワシントン・ポストが伝えていました(Taiwan’s Han Chinese seek a new identity among the island’s tribes. April 4, 2022, The Washington Post)。

台湾台東県

 リーさんは日本生まれの台湾人(つまり漢族)、34歳の陶芸家です。2年前、妻の紹介で台湾の南東部、台東県のプユマ族の村に入りました。彼らとともに暮らし、狩りをし、祭りに加わり、いまはプユマの一員になったといいます。そういう若者が、いまの台湾では増えています。
 しかしこの話の主役は、若者たちの冒険ではありません。プユマ族をはじめとする台湾「先住民」の境遇と、リーさんの「台湾人」という境遇、その21世紀における交錯こそが主題です。

プユマ族の祭り
(Credit: shone, Openverse)

 プユマ族は、もともと南方諸島をルーツとするオーストロネシア系の人びと。6千年前、台湾に住みつきました。これまでオランダや中国清朝、日本、中国国民党軍の侵略を生き延びています。いまは保護政策がとられるようになりましたが、近代化の波にもまれ、文化と言語は消滅の危機にひんしています。
 一方台湾人の96%をしめる漢族は、400年前に中国南部の福建省から渡ってきた人びとがルーツです。20世紀になり、共産党支配を逃れ大陸からやってきた中国人が加わりました。実態としては独立国であるにもかかわらず、中国の武力統一の脅威にさらされながら生き延びています。

(Credit: shone, Openverse)

 そういう背景のもとでの、漢族リーさんのプユマ族への“参入”は、たんなる“先住民化”とはまったくちがう意味合いを持ってきます。

 リーさんは、祖先が大陸から海を渡って台湾に入りこんだのとおなじように、自分は台湾の漢族からプユマ族に入りこむ、と考えている。しかもプユマ族はそれを歓迎していると、長老のひとりはいいます。
「われわれはいつまでも川にしがみついているべきではない、海に出なければならない」

 海に出る。そこに、想像を超える21世紀の生き方の可能性が広がっているとぼくは思いました。
(2022年4月20日)