ニューヨーク市が、ホームレスの精神障害者を強制的に入院させようとしています。
この政策を進めるとき、ただちに問題となるのは「誰がそれをするか」だとニューヨーク・タイムズは指摘しています(Nov. 29, 2022, The New York Times)。
市のスタッフによると、路上の精神障害者と接触し、強制的に入院させる役割を担うのは警察官や医療ソーシャルワーカーです。
彼らはホームレスの一人ひとりに接触し、自殺や自傷行為のおそれがあるか、周囲の人に危害を加えるおそれがあるか、さらには「無関心または状況の妄想的誤解」があるか、といったことを調べ強制入院かどうかを判断なければならない。
そんなむずかしい仕事を、警察官やソーシャルワーカーがマニュアルに従ってテキパキと進め、判断をくだして強制入院を進めるなんておよそ考えられません。
市の担当者は「ただちに警察官や緊急医療サービススタッフの訓練をはじめる」といっていますが、精神障害者とのかかわりってそんなにかんたんにできるものでしょうか。
強制入院を受け入れる側の体制についても、アダムス市長はできるだけのことをするというけれど、そこで出てきたのはニューヨーク州全体で精神科のベッドを50床増やすことくらいでした。いますぐ必要なベッド数は数百ともいわれる。かりにベッドが増えても、スタッフがいないから患者はすぐに退院し、路上にもどらなければならない。
精神科の現場を知る人は、「こりゃダメだ」と思うでしょう。
ここで見えてくるのは、犯罪の増加が政治問題にもなっているニューヨークで、市長が対応に迫られ、とりあえず「ホームレス精神障害者の取り締まり」に走ったのだろうということです。隔離収容といわず非自発的入院といい、医療ケアのもとに置くというけれど、おそらくこれまでしてきたことと大差はない。ホームレスの精神医療が充実するなんてことはないでしょう。
市長に対する批判の多くは、精神障害に警察力で対処しようとしていることに向けられています。たしかにそれも問題だけれど、一連の議論でぼくがとくに印象的だったのは、ニューヨーク市議会のティファニー・カバン議員のコメントでした。
彼女は市長の措置を強く批判し、強制ではなく「同意がカギ」だと指摘したうえでこういっています。
「精神医療の危機が問題なのではない。まちがった人がまちがった対応をすることで、しばしば命にかかわる事態が起きてしまうのです」
真の問題は、精神障害や医療ではない。精神障害に「ぼくらがどう反応するか」なのです。
さすがリベラルの街、ニューヨーク。市議会議員のレベルでも精神障害について深い洞察があると感心しました。
(2022年12月7日)