抗・生物学的精神医学

 薬中心の精神医療は行き詰まっていると、しばらく前に書きました(4月16日)。
 精神医療のなかでも、とくにアメリカで幅をきかせている「生物学的精神医学」は、統合失調症をはじめとする精神疾患は脳の研究を進めれば解明できる、薬で治せると考えているようです。けれどどんなに脳を研究しても精神病のメカニズムは依然としてわからず、有効な治療薬は見つかっていません。

 そのことは、精神医学の総本山、NIMH(米国立精神衛生研究所)元所長のトーマス・インセル博士も認めています(February 22, 2022, The New York Times)。
「何百万もの人が危機的な、また重大な状況におかれ、死亡するものもいるというのに、私たちはそうした(精神病患者の)問題を解決できていない」

NIMH

 インセル博士が所長だった13年間に、NIMHは2兆円以上の研究費を使い、脳の生化学や遺伝子レベルの研究で多くの成果をあげたけれど、それが臨床に反映されることはありませんでした。

 NIMHの、「脳を徹底的に研究すれば精神病は解明できる」「治療法も見つかる」とする生物学的精神医学には、強い批判もあります。
 批判論者のひとりである元デューク大学教授の精神科医、アレン・フランセス博士はいいます。
「この30年、現代科学のもっとも魅力的な分野で胸躍る知的冒険が行われたが、それにもかかわらずひとりの患者も助けることはできなかった」

アレン・フランセス博士
(本人のツイッターから)

 研究を進めるのはけっこうだが、NIMHは目の前の患者を救えていない。そういうフランセス博士は、重症の精神病患者にとってはむかしのほうがよかったとまでいいます。いまは症状を抑えるために薬を出すだけで、薬以外に目が向かないという意味でしょう。
 こういうコメントを読み、アメリカといえども生物学的精神医学一辺倒ではないと知っていくらか安心します。そしてアレン・フランセスという精神科医に興味を持ち、彼の書いた『正常を救う Saving Normal』という本を読みました。

 この本と、WHOが去年出した精神医療の画期的な新指針を読みあわせることで、精神科の現状がおおまかにつかめた気がします。それは投薬中心の精神医療はいまなお多数派だけれど行き詰まっており、精神障害者を医療の枠組みから解き放ち、より人間的なかかわりのもとにおくことが大事だということでしょうか。

 フランセスの著作については、稿をあらためて紹介したいと思っています。
(2022年5月26日)