最期は州を越えて

 医療の助けを借りて自分の最期を決める。
 MAID、医療幇助(ほうじょ)死と呼ばれる死に方です。これを、いま自分が住んでいる州では受けられないから隣の州で受けたいという患者が現れ、論争になっています。そういう患者を受け入れるべきなのかどうか(To Die on Her Own Terms, a Connecticut Woman Turns to Vermont. March 29, 2023. The New York Times)。

 論争のもとは、コネチカット州のリンダ・ブルースティーンさん75歳です。末期の卵管がんで治る見込みはない、死期は自分で決めたいと思っています。でもコネチカット州ではMAID、医療幇助死は認められていないから、それが認められている隣のバーモント州に行きたい。ところがバーモント州の法律では、MAIDを受けられるのは州の住民だけです。
 この「住民条項」を廃止してくれと、ブルースティーンさんはバーモント州を訴えました。

 さすがアメリカ、訴訟の国。自分の死に方までも裁判で争う。
 でもこの場合は訴訟が争いになるのではなく、議論を進める力になりました。
 患者が死期を選択できるようにする動きを進める団体、CC(Compassion and Choices)のアミタイ・ヘラー弁護士はいいます。
「住んでいる場所がどこかで、受けられる医療に差がある。これはおかしいですよね」
 訴えがあり、市民活動家が動き、議会が動く。バーモント州議会は2月、ブルースティーンさんらの訴えを認め、MAIDを認める州の法律、「生命停止時の患者の選択 Patient Choice at End of Life」法の「住民条項」を削除すると決議しました。あとは上院の議決を待つばかりです。そうなればブルースティーンさんは自宅からバーモント州に移動し、そこでMAIDを受けることができるでしょう。

 いま現在彼女は、化学療法の効果が出ている。だからすぐにMAIDを受ける必要はありません。でもいずれそれも効かなくなり、あとは緩和医療しかなくなる。そのことをよく知っているから、堅い意志のもとに最期の用意をしています。

 なぜそこまでして「自分の死」を実現しようとするのか。
 背景にあるのは、彼女の母親の死だといいます。がんになり、化学療法で衰弱しきった母は、見るもあわれで最期は家族にも会いたくないといって息を引き取った。
 あの母のようになりたくない。それがブルースティーンさんの思いです。
 だからいま、自分が50年撮りつづけたたくさんの写真を整理している。しあわせな人生の映像を、家族に囲まれて見ながら最期のときを迎えたい。自分の子どもたちには、あの母のような最期を見せない。そうこころに決めています。
(2023年3月31日)