本の声

 薄くて小さめ、すらすら読んでしまうけれど、いくつもの断片がしっかりこころの底に降りてくる、そんな本と出会いました。
 青木海青子さんの『本が語ること、語らせること』(夕書房)。

 大学で図書館司書だった青木さんは、夫とともに奈良県東吉野町の山林にある築70年の古民家に住みつきました。そこを「ルチャ・リブロ」という名の私設図書館とし、本とともに、訪れる人とともに6年過ごした、そのエッセイです。
 駅から車で20分、車を降りてから橋をわたり、杉檜の林を歩いた先に図書館はあります。ぶらっと立ち寄る近隣の人や遠くからの来館者など、「さまざまな人が行き交う、開かれた共有空間」です。

 うーん、いいなあ、行ってみたい、杉檜に囲まれてぼやっとしたい。ついでに青木さんと少し話ができて、帰り際に「こんなのもあるよ」と一冊、本を渡してもらえればそれこそ満ち足りた一日になるんじゃないか。

 本が好きな人がやってくるだけでなく、そのしつらえに引かれてやってくる人もいます。「大きなストレスを抱えていて、休憩したい」と来た人が、ぽつりぽつりと自分を語りだす。それに青木さんが耳を傾ける場面もあるとか。
 人が「本当の話」をはじめるのは、落ちついた古民家があり、深い自然があり、ゆったり静かな空気に囲まれているから。でもそれだけではないと青木さんはいいます。

『本が語ること、語らせること』青木海青子
(表紙と同色の栞が付いていました)

「何より大きいのは、ここに本が並んでいることではないでしょうか。書物には声を発さずとも人に語りかけ、また語らせる力があるのです」

 ルチャ・リブロは、古い大きなテーブルがあり、閲覧スペースがあり、その背後に本が並んでいる。それらの本は、波立つ日常にあったらすぐかき消されてしまうような、かすかな「声」を出している。

「時間がゆるやかに流れる静かな場所で、本が語る声に耳を傾け、感覚を開き直してみてください。本の声が心にじわりと染みわたってきたとき、つっかえながらも少しずつこぼれてくる言葉こそ、あなたがあなた自身を内側から表現するものなのではないでしょうか」

 本が声を出す。聞こえないようなかすかな声が、ぼくらに語りかけている。その声に、ぼくらもまた語り出す。
 こんなふうに書く青木さんは、本を信じています。本とともに山のなかで暮らし、本を介して人と繋がり、本のもとで自分を開く。
 ほんとのゆたかさ。ほんとのはずれ方。羨望の念が深まります。
(2022年7月27日)