歌壇の戦争

 ウクライナは新聞の一面記事にならなくなったけれど、歌壇には関連した歌が増えています。世の中のいろいろな出来事が歌壇に反映されるのは出来事の少しあとですが、その遅れが歌に散文とはちがう落ちつきを与えます。

 5月8日の朝日歌壇には、4人の選者が選んだ40首が載りました。
 そのうちの19首、ほぼ半分がウクライナ戦争にかかわる歌です。

  焼け焦げた軍用車両を縫い歩む
    老女の髪に四月の氷雨
             (堺市)芝田義勝

 悲惨をなげく歌もあれば、それを見る自分を詠んだ歌もあります。

  カチューシャも黒い瞳もトロイカも
    あくがれ遠き歌声喫茶
            (東京都)清水由美子

 戦争がはじまってからの2か月で、いちばん印象に残るのは5月1日のつぎの一首でした。

  ウクライナ攻撃止まずわが郷は
    罪の如くに春の深まる
            (亀岡市)俣野右内

 かの地では恐るべき破壊がつづきおびただしい死者が出ているのに、自分はただそれを伝え聞くだけ。まわりでは桜が散り新緑が芽ばえ、春がなにごともないかのように深まっている。その無常と焦燥が「罪の如くに」にのひとことになっています。
 ぼくのこころをぴたりと詠んでくれた歌だと思いました。

 朝日歌壇に戦争の歌は無数にありましたが、30年以上前に読んだひとつの歌がいまも忘れられません。

  一九四五年の列島を
    北へと上る桜を思う

 日付も詠み人も忘れてしまったし、正確な語句はこのとおりでなかったかもしれない。でもぼくの記憶にはこうある歌です。
 あの敗戦の年も桜は咲き、日本列島を北上していった。300万人が死んだというのに。
 読んだときの印象は鮮烈でした。「国破れて山河あり」とともに、折りにふれこころに浮かぶ歌です。
(2022年5月14日)