牛乳の退潮

 ぼくはずっと前から、学校給食の牛乳が疑問でした。
 学校給食には牛乳が義務づけられている。学校給食法という法律で。なんでそうなってるのか、これは酪農ロビーのシワザじゃないかと疑ったものです。
 いまアメリカでは、別の理由で学校の牛乳に異論が出ています(Milk shake-up: High school student sues school district over dairy flap. May 12, 2023. The Washington Post)。

 異論は、「植物乳」があるのになぜ「牛の乳」を強制するのか、ということです。
 植物乳は読んで字のごとく、植物から作る牛乳に似た飲料です。大豆で作る豆乳のほか、アーモンド乳やオーツ乳など、味も栄養も牛乳に遜色ないものがたくさんある。そういう植物乳があるんだから、牛乳だけというのはやめてほしいとひとりの高校生が訴えを起こしました。

 マリエル・ウィリアムソンさん17歳、ロサンゼルスの高校3年生です。
 ウィリアムソンさんは、学校給食でも植物乳が飲めるようにしてほしいと思い、植物乳のよさを訴える展示を企画しました。ところが学校当局がこれを許さなかった。農務省のガイドラインで学校給食には牛乳を出すよう決められているから、植物乳のよさを訴えるなら牛乳のよさも併記しなければならないというのです。
 なんで両論併記なの? それでは「植物乳のよさを訴えたい」という自分の意見が表明できない。そう考えたウィリアムソンさんは、学校と農務省を相手に訴訟を起こしました。合衆国憲法が保証する、表現の自由を侵害されたと。

 憲法論争の形をとってはいるけれど、これは長年くり返されてきた「牛乳論争」の新局面と捉えるべきでしょう。
 これまでの牛乳論争は、なぜ給食に牛乳を出すのか、牛乳は身体にいいのか悪いのかといった、牛乳の利用方法、効用などをめぐるものでした。今回ウィリアムソンさんが提起したのは、なぜ自分たちは「ほかの哺乳類の乳」を飲むのかという、より根源的な疑問からはじまっています。それは動物の権利擁護や虐待の防止、畜産がいかに気候危機を進めるかについて理解を深めた結果でもある。酪農業界の力に負けたくないという思いもあります。
「彼らは『牛乳飲んで骨を丈夫にしよう』なんていってるけど、その裏にはじつにいろいろなことがあるんですよね」

 2019年から2022年にかけ、アメリカでは植物乳の売上げが19%増えたのに対し、牛乳の売上げは4%減りました。ヨーグルトやチーズの人気は高まっているけれど、若い世代の牛乳離れはつづいている。牛乳が健康にいいという神話化された言説をいったん棚に上げ、ぼくらは「ほかの哺乳類の乳」を飲むとはどういうことか、その裏にある「いろいろなこと」にもっと注意を向けるべきでしょう。
(2023年5月16日)