現場の中国論

 コロナの入国制限がなくなった中国に、ニューヨーク・タイムズの重鎮、トーマス・フリードマン記者が入りました。いまの米中関係を中身の濃い的確なレポートにまとめています。ぼくが触発されたポイントをメモしましょう(America, China and a Crisis of Trust. By Thomas L. Friedman. April 14, 2023. The New York Times)。

T・フリードマン記者

 900対15。
 こんな数字をフリードマン記者はあげています。中国は全国に高速鉄道網をはりめぐらし、人びとは安く、速く、快適に移動できるようになった。北京や上海だけでなく、いまや全国900もの都市が高速鉄道で結ばれている。一方アメリカは、高速とはいいがたい鉄道がワシントンとボストンのあいだのわずか15の都市を結んでいるにすぎない。
 物質的に見れば、多くの面で中国はアメリカよりも暮らしやすい国になっています。
 分断と混乱、格差が広がるアメリカ社会に対し、中国の生活レベルは顕著に向上し安定している。悪名高かった大気汚染すら、この10年で見ちがえるほど改善されました。

 こうした発展は、1980年代以降の改革開放の成果です。鄧小平の改革開放路線によって発展した中国は、いずれ民主化に向かうという期待もあったけれど、蓄積した富と力をひたすら強大な全体主義国家の建設に注ぎこんだ。気がつけば世界第2の経済大国となってアメリカを追い上げ、アメリカとはまったく異なる価値観で新しい世界秩序を構築しようとしている。
 そういう中国とアメリカのあいだは、第二の冷戦といわれるまでに緊張が高まっています。

 緊張の中心にあるのは、しばしば「台湾」だとか「全体主義と民主主義の戦い」だといわれる。けれどそれよりずっと深く、複雑なものだとフリードマン記者はいいます。
 いまの米中関係はDNAの二本鎖のようにからみあい、ほどこうにもほどけないほどに結びついている。それはアメリカがかつてナチス・ドイツと対決し、冷戦でソ連を封じ込めたときとはまったくちがった状況です。このこみいった相互依存のもとでは、ときに倒すべき敵はどこの誰かすら判然としない。そもそも敵を倒すというような発想すら成立しない。

上海

 こういう意味のことをいって、フリードマン記者は必要なのは相互の「信頼」だといいます。拍子抜けするほど単純なお説教、のように響く。けれど言い換えれば、そこには奇策も抜け道もない、彼我を冷静に見つめ、なすべきことをするしかないという外交の基本があります。老練な国際ジャーナリストの長文のレポートを読んで、ぼくはアメリカも中国も、また日本も、ポピュリズムに踊らされてはならない、ある種の諦念とともに冷静になるしかないと思いました。
 考えるべきは、外交における信頼とはなんなのかです。
(2023年4月17日)