病院か刑務所か

 精神障害者にとって、閉鎖病棟と刑務所はどっちがいいのだろうか。
 ずいぶん乱暴な問いかもしれません。でも日本とアメリカの精神医療を比較すると、どこかでこんな問いが浮かぶのではないでしょうか。
 精神保健の充実を訴えるニューヨーク・タイムズの社説を読んで思いました(The Solution to America’s Mental Health Crisis Already Exists. Oct. 4, 2022, The New York Times)。

 アメリカにはいま、重い統合失調症や双極性障害などの精神疾患を抱えた人が1400万人います。その多くがホームレスになっているか、さもなければ刑務所に収容されている。ことに低所得者でその確率が高い。刑務所の服役者の40%が何らかの精神疾患を持っているとされ、精神障害者を多数収容している施設のトップスリーは、ニューヨークとロサンゼルス、シカゴの刑務所だそうです。
 つまり日本だったら精神科病院に収容される人が、アメリカでは刑務所に収容されている。それか、ホームレスになっている。

 なんでこんな悲惨なことになったのか。
 アメリカは1960年代に精神科病院をなくし、精神障害者は地域で暮らすようになりました。けれど地域での受け入れ体制ができなかったので、60年後にはこんなことになってしまった。
 しかし、とタイムズの社説はいいます。
 当初の理念はまちがっていなかった。われわれがすべきは、その理念を実現することだ。
 精神障害者は病院ではなく地域で暮らすべきだという60年前の理念にもどり、そのための政策や予算を考えようではないか。
 すでにいくつかのパイロットプログラムが成果を上げている。いま刑務所や警察が精神障害者の対策につかっている膨大な予算を、地域の精神保健センターに振り替えれば財政的な見通しもつくではないか。

 解決策はある。あとは実行するだけだということでしょう。
 それがどうしてこれまでできなかったのか。そこには日本とおなじように、アメリカ社会もまた精神障害者を受け入れようとしなかったし、ともに暮らそうとしなかった歴史のあることが見えてきます。そこが変わらないかぎり、理念は理念のままでしょう。

 そういう話を聞きながら、ぼくは思います。
 みんな、浦河のようになればいいのに。地域に受け入れてもらう、っていうようなのじゃなく、地域とともに悩む。立派になるのではなく問題だらけになる。そういう方向を、ちょっとだけでも考えてみたらいいんじゃないかな。
(2022年10月12日)