直腸がんの一部に

 がんの新しい治療法が登場しました。
 などと書くと、とてもいかがわしい。「がんの新しい治療法」なんて掃いて捨てるほどあるし、がんそのものが治せる治療法なんてどこにもありませんから。
 でもいまの時点で、これは有望かもしれないと思える方法が登場しました。

 直腸がんの治療法です。免疫療法の一種といえるでしょう。あるタイプの直腸がんに対し、「ドスタルリマブ」という薬剤を使ったところ、14例の患者全員のがんが消滅したと医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に報告されました。

 がんの専門医なら誰でも、なかなかのものだと一目置くでしょう。画期的だと興奮するかもしれません(Small cancer drug trial sees tumors disappear in 100 percent of patients. June 8, 2022, The Washington Post)。

 この治療法は直腸がんのなかでも、「ミスマッチ修復欠損」と呼ばれる遺伝子のあるタイプで、直腸がんの5%から10%を占めます。このタイプのがんは、特定のタンパクを出して人の免疫機構を無効化してしまうので、このタンパクを抑える効果を持つドスタルリマブという薬が開発されました。この薬を使ったところ、6か月間の臨床試験で対象となった14人全員のがんが消えたと、ニューヨークのスローン・ケタリングがんセンターのアンドレア・セルチェク医師らが報告しました。
 あざやかともいえる成果です。

 セルチェク医師はこの結果を権威ある医学誌に発表し、6月5日、シカゴで開かれたアメリカがん学会でも発表しました。10分の発表の最後に「14例すべてで消滅」というスライドが出ると会場は拍手の嵐だったそうです。
 80%や90%というのでなく、100%というのが拍手の原因でしょう。

 この新治療法、対象はごくかぎられています。症例数は少ないし、いまがんが消えていても今後再発か転移をするかもしれず、長期の経過観察が必要です。
 それを踏まえていうのですが、ぼくはこれが「免疫療法の一種」ということで納得しています。

 治療に使ったドスタルリマブというのは化学薬剤ではなく、モノクローナル抗体と呼ばれる免疫系に働く物質です。最終的には患者自身の免疫力が働くようにしむけている。
 この治療法を実現した医師たちは、手術・放射線・抗がん剤という従来の「三大療法」が、がんをいわば「外からの力」で抑えようとするのに対し、患者自身の「内なる力」、免疫力を活用している。そのことに敬意を表したいと思うのです。
(2022年6月10日)