社会の姿を見る

 なぜもうひとり、人を殺さなければならないのか。
 死刑に反対の声を上げている23歳の若者がいます。アメリカで頻発する銃乱射事件の被害者遺族のひとりです。妹が殺され、犯人の死刑判決が迫っている。でも自分は死刑に反対です。死刑は、もうひとつの殺人だから(His sister died in the Parkland massacre. He wants the gunman to live. Sept. 27, 2022, The Washington Post)。

 事件が起きたのは2018年、フロリダ州パークランドで、高校に押し入った男が銃を乱射し17人が死亡しました。
 犯人は、近く死刑判決を受けるでしょう。
 犠牲者のひとり、カーメン・シェントラップさんの両親は死刑を望んでいる。しかし兄のロバートさんは反対です。事件から4年たったいまのこころもようを、ポスト紙の記者がていねいにたどっています。

 なぜ死刑に反対するのか。
 問われたロバートさんはいいます。2015年に教会で乱射事件が起きたが、そこでひとつ覚えていることがある。ある遺族一家が、母親も娘も犯人を許すといっていたことだ。
「なんで? 意味がわからなかった。でもずっとそれが気になっていた」
 その後、死刑囚を支援している弁護士の本を読み、犯人を憎むのではなく、彼らの境遇に目を向けることを学びました。

 ロバートさんの妹を殺した犯人も、最悪の境遇に生まれています。
 母親は妊娠中から麻薬とアルコールの依存症で、胎児のときすでに脳に損傷を受けていた。3歳で深刻な問題を精神科医に指摘され、育ての親が公的機関の介入を50回も求めている。
「もし怒りを覚えるとしたら、こういう社会の姿に対してですね」

 ロバートさんはいま、シアトル市で死刑反対の市民運動を進めています。
 妹を殺した犯人を許せるかと聞かれ、こう答えました。
「許したことはない。でもこういう社会におかれた人がどこまで責任を問われるのか、考えあぐねています。犯人は救いようのない悪人、地上から抹殺しなきゃいけない、っていうんじゃなくて、もうちょっと人間として見なきゃいけないという気がして」
 死刑はごまかしのようなものだ、とも思っている。
「何かしたようには見えて、じつは世の中の何も変えてはいないんですよ」
 アメリカで死刑制度を支持する人は60%にのぼります。しかし若い世代ほど支持は減っている。ロバートさんのような考え方が、少しずつ広がっているのだと思います。
(2022年9月29日)