私の声は誰の声か

 しゃべれなくなっても、AIがあればしゃべれる。
 神経の難病や喉頭がんなどで声が出せなくなった人でも、それ以前に録音した声があれば、AIがそれを使って本人に代わり話す技術があります。AIの新しい有益な活用法です(Patients were told their voices could disappear. They turned to AI to save them. April 20, 2023. The Washington Post)。

 それって、誰かの代わりにAIがしゃべるってことだろうか?
 一瞬そう思ったけれど、そこまでの技術ではない。その人が書いたテキストを、AIがその人の声で読みあげるしくみです。なーんだ、その程度か、と思ってはいけません。声が出なくなった本人たちにはたいへんな救いですから。

 このしくみは「声バンク」と呼ばれています。
 2010年代からALS(筋萎縮性側索硬化症)など、進行性の難病の人が使いはじめました。これを利用するには、患者はまず声が出なくなる前に数百程度の文章を録音します。それをベースにAIが本人そっくりの声を出せるようになる。患者は病気が進んで声が出せなくなっても、文章を書けばそれをAIが読み上げてくれるというわけです。まるで本人がナマでしゃべっているかのように。
 声バンクのしゃべりを聞いた家族は、本人が声を出したと驚き、感激し、ときに涙を流します。そのしゃべり方は本人のクセや訛りまで再現する。患者のひとりは自分の声を聞いて「自由になった」とまでいいました。

 これはぼくらの暮らしを変える技術でしょう。
 声バンクをチャットGPTなどのAIと組み合わせれば、いずれ電話での世間話など、日常会話の多くは自動ですませることができる。そのうち仲の悪い親子が、AIの「代理人」同士に話をさせるなんてことも起きるんじゃないでしょうか。
 悪用もできる。声だけでなく自分の思考パターンまでも習得したAIが、勝手に「自分の声」でしゃべるかもしれない。そのとき「自分の声」が偽物だと誰がどう判定できるだろう。自分自身でさえわからないかもしれない。なんともややこしい話です。

 声バンクはALS患者には福音だけれど、オレオレ詐欺の“なりすましツール”にもなる。いまの法体系でそれを止めることはできません。
 これはやはり、新時代を迎えたAIに一定の歯止めをかける議論をはじめなければならない。そんなふうにも思いました。
(2023年5月2日)

追記:このブログは今月から原則として土日月曜日は休みます。少しペースを落とし、そのぶん中身のあるものにしたいと思っています。